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ケラ喰いと僕らの生存競争〜終末都市の塵芥(ちりあくた)  作者: Anzsake
ベゴニア:ヘンカン/ちっぽけな僕ら
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作り上げた安寧の地

コミュニティの人口は約300、そのうち回収員は50人ほどだ。市場には早速物資が流れ始める。でかでかと置かれた冷蔵庫に思わず笑う。他にも衣類、日用品、嗜好品が並んでいた。


電力は近くの水力発電所で賄えている。ここに足りないのは、人と法だけだ。


僕らの目当ては市場ではなく、食料を売る場所だ。コミュニティの半分は農業や漁に出ているが、自給自足の今、食料集めは常に課題だ。タネはよく虫を食う。しょっちゅう食う。ここに置き続けていたら赤字確定だから、さっさと次の遠征に連れていくのが良い。


シライシが買い物を済ませ戻ってくる。


「お待たせしました。最近は肉がよく出回ってて助かりますね」


コミュニティに戻ると、シライシの顔つきはのんびりからピシッと切り替わる。理由は、少し離れたところから走ってくる子供だ。


「パパー!」


「リナ、ただいま!元気にしてたな!」


「うん!」


女の子を抱き上げるシライシの視線の先には妻のイチゴさんがいる。苺が好きだからその名らしい。


旧社会の崩壊後、名前はただの音になった。それでも元の名を名乗るシライシのような奴もいれば、僕のように新しい名を持つ者もいる。回収員の古参は皆、花の名前を使う。


イチゴさんが僕に会釈する。僕も頭を下げると、タネも真似して頭を下げた。


「変わった目ね。見えてるの?」


「見えてる」


「私リナ!あなたは?」


「タネ」


見た目の年齢は近いが、タネの方が若いだろう。腕も尻尾も隠している。


「ではベェさん、俺はここで失礼します。また遠征行きましょう」


さっきまでの半開きの目がキリッとする。高身長イケメンだが、妻子の見ていないところでは力を抜いて生きたいのだろう。


「そうだな、また行こう」


手を振ってシライシを見送り、タネの服を買いに向かう。何も言わずともタネはついてくる。


住宅区の一角、工房に入る。回収員御用達の町工場だ。まだ来ていないかと思うと、後ろから声がかかる。


「ベゴニア!おかえり!」


「ただいま、ハヅキ」


回収員初遠征で足を失ったハヅキは、今は回収員用の技師だ。義足も空気圧縮ボンベもこいつの製作。頭が上がらない。そもそも身長も僕より高い。


「お、噂のタネちゃんね」


「そうだな。まぁ、この状態で最強だから、僕の武器を見に来た」


「あーね。ちょっと待ってて」


ハヅキが裏から箱を持ってくる。中には調整済みの近接装備があった。


懐かしさを感じながら片手斧を手に取る。軽くてリーチもちょうどいい、僕専用の武器だ。柄のレバーを押すと刃の後ろから圧縮空気が放出され、筋力の弱い僕でも硬い相手に打撃を与えられる仕様だ。今回は小型カートリッジ式に改造されていた。


「このカートリッジ、他の装備にも採用予定なんだ。空気銃にも使えるかも」


「本当にありがとう」


「どーいたしまして。そうだそうだ、こっち来て」


奥には3mはある大砲のような筒が置かれている。


「これは?」


「人間射出装置の試作」


首を傾げる僕を前に、ハヅキは楽しそうに説明を始める。


「ほら、旧市街の奥って酸素が厄介でしょ?だから最初に奥まで飛ばして、帰りながら探索すれば酸素が節約できるんだよ」


「安全なのか?」


「そこが問題なんだよねぇ。実験では骨折ですんだけど。死なれても困るし」


「…意味なくないか」


「"ラストハナビ"なんて揶揄されちゃったからさ…強い人なら行けるかな?」


「芯の強さなら、ハヅキが適任だろ」


「義足の私じゃ強すぎるからダメだね。いや、それくらいの物なら飛ばしていいのかな…」



昔、ハヅキとは婚約関係だった。人が減った今、コミュニティの9割は婚約して子を作っている。仲が悪かったわけじゃない。ただお互い仕事熱心で、子供が出来ず、婚約関係も自然に解消された。ハヅキは今、別の相手と婚約しているが、子供ができないと嘆いている。


「タネちゃん連れてるベゴニア、なんか親子みたいで羨ましいな」


タネは無言で渡された食べ物を食べている。それを二人で見守った。


「久しぶりに子供服を買った」


「うわ、自慢?改造費上乗せしてやる」


そんな冗談を言い合って、工房を後にする。


「またね」


と手を振るハヅキに、タネも真似して手を振った。


廃墟の集合住宅の一室、自室に戻る。使っていない布団や机、パンデミック前のCDが転がる部屋だ。タネが布団を不思議そうに触る。


この部屋は落ち着かない。休むと、頭が余計なことを考える。シライシ、ハヅキ、昔のこと。この歳になっても、何のために生きているのか答えは出ない。


もう考えるのはやめよう。何度目かの決意でタネの横に座る。


「ベェ、これなに?」


「布団。寝る場所」


「ふとん」


布団に腰を下ろすと、疲れが一気に押し寄せる。横になると、タネも真似して隣に寝転がった。首が重くなり、布団に沈む感覚の中でその数cm下に微睡みはあった。

「コミュニティ」

現在描写しているコミュニティは、かつての国家や自治体の解体後に成立した小規模社会のひとつである。類似のコミュニティは複数存在し、距離は離れているが回収員同士や独自の交易ルートによって緩やかに物資・情報交換を行っている。


このコミュニティの構造は単純で、意思決定機構としての「法」は事実上存在しない。秩序維持はコミュニティの最古参かつ遠征の成功率を最も高く維持し続ける回収員『マリー』によって半自動的に管理されており、現在の実質的な頂点は彼女である。


人口減少と感染症リスク、食料事情の逼迫から、コミュニティでは婚約および子供を産むことが強く推奨されている。これは個々の幸福追求というより、労働力・継承者・探索要員の確保という意味合いが大きい。そのため婚約は事務的であり、感情や恋愛感情が優先されることは少ないが、完全に排除されているわけでもない。


その中で回収員は遠征と物資回収を最優先としつつ、子孫を残すことを奨励される立場に置かれている。婚約しないことを咎められることはないが、実質的に『次の世代』の育成が義務のような扱いになっている点は、この社会の現実を象徴している。

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