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終末都市の塵芥  作者: Anzsake
サルビア:ケイフ/それでも前へ
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記憶の形 〜 北35.3606°, 東138.7274°

出店通りをタネと歩いていると、向かいからヴィンが歩いてくる。こちらに気づくとゆったりとした足取りで歩いてくる。


「ルンクはどうしたんだ?」


「…店員さんと揉めた。今は多分あそこ」


指さす方向はマリーの居る回収員の集会所だ。Fzも居るし妥当だろう。


「揉めた?何を」


「…名前?ってやつで揉めてた」


初めて会った時、ルンクは"東京"と口にした。僕らに刷り込まれた潜在意識。

"古い名前は捨てた"に違和感を感じたのだろう。


「ヴィンは、誰に名付けてもらったんだ?」


「…働く時に、使いやすい名前だからってそう呼ばれてた」


ヴィンは、顔こそぼんやりしているが、言葉はハッキリしている。


「ほらもっとこう。山田太郎みたいな名前よ」


「…誰それ?」


「実は僕も知らない」


「…?」


ヴィンの手にはスケッチブックがある。会話よりも絵を通した話の方が良さそうだ。


「何か描いたか?」


「…うん。これ」


スケッチブックを開く。黒い鉛筆のみで描かれたそのクロッキーは、回収員の服を着た人の絵だ。


「壁画の抽象画とはまた違って写実的だな。すごいなヴィン」


「…ルンクが、虫の絵はもっとリアルに描けって言うから」


「回収員が虫って事では無いよな?」


絵をまじまじと見つめるタネを見て、ヴィンが鉛筆を取り出し、タネに渡す。


「…描いてみる?」


「…かいてみる」


道の端に3人で並んで座る。鉛筆とスケッチブックを受け取ったタネは、ヴィンに教わりながら白い紙に線を引く。


「…どう?」


ヴィンの声にタネは返事をせず、黙々と線を走らせる。


「ベェ、ここに居たか」


声がして顔を上げると、マリーが居る。横にはFzとルンク。ルンクは少し縮こまっている。

Fzは喋らず、犬を演じている。ワンと鳴くのが逆に違和感だ。


「犬の散歩か?」


「そんな所だ。ルンクの事は聞いたか?」


「それとなく」


不貞腐れたルンクがこちらを見る。


「なぁ、ヒマワリさんも、本当は違う名前なのか?」


「分からん。でも多分違う」


「あんたらは、自分の名前が嫌いなのか?」


「…歩きながら話すか」




マリーにタネを任せ。ルンクと歩く。

長い髪を靡かせながら、ルンクは少し不安そうに周りを見る。


「おかしいだろ。日本のはずなのに、自分たちだけ異世界に来たみたいだ」


「実際、僕らからしたら異世界だよ。ここは」


見慣れた町も、知ってる都市も、あの頃とはまるで別物だ。


「ルンクはどこから来たんだ?」


「…九州の方だ」


「随分遠いところから来たんだな」


「伝わるんじゃん」


「もちろん。使ってないだけで、あの山が富士山って事もみんな知ってる」


指さす方向にそびえ立つ大きな山。旧市街とこのコミュニティの真ん中を塞いでいる。


「…あの山が富士山なんだ」


「坑道以外に行ったことは?」


「ねぇよ。この名前も、外国人労働者だと言えば都合がいいからそう名付けられたって聞いてる」


出店通りを抜けて住宅区画に入る。人通りは少ないが、生活音が聞こえてくる。


「見知った土地なのに、あの頃とは違う。知った名前のゾンビが人を襲う。そんな生活に、あの頃の記憶が重なって、頭がおかしくならない為に、違う名前を付けて、新しい生活を続けようとしてるんだ」


「…弱っちぃな」


「そうだな」


実際、現実逃避の延長だ。"戦争を忘れないように"なんて言うのは、また起こるかもしれないからだ。


もうこの国は、あの頃には戻らない。

戻らないなら、また起こることもない。


それならばいっそ、忘れてしまった方が良い。

トラウマをいちいち引きずって居られないなら、脚色してしまうのと同じだ。




工房に着く。中に入ると奥でハヅキが作業をしている。こちらに気づいて表に出てくる。


「…新しい嫁でも出来た?」


「俺は男だ!」


「うそ、ごめん」


「ハヅキの名前って、パンデミック前から変えてないよな?」


「うん。なんで?」


ハヅキはグローブを外して椅子に座る。僕とルンクも向かいの席に座る。


「別に、シライシ君とかカリンだってそうでしょ?」


「そうだな。終末前に思い入れのあるやつ程、名前は変える傾向かもな」


「遠回しに私のことディスってる?」


「ハヅキのそういう強いところは、今でも憧れだよ」


「フォローになってない」


生き残った奴がみんな強い訳じゃない。弱いやつは弱いやつなりに、生きるために逃げてきた。


「納得いかねぇよ。過去が大事じゃねぇって言ってるみたいなもんだろ」


「大事だからこそ、これ以上汚したくないんだよ。あの頃の方が地獄だって言ってたが、それでも大事か?」


「もちろんだ。仲間も大勢死んだ。理不尽な指示も沢山あった。でも、ヴィンもFzも居る。俺が俺たらしめる事は、全部あそこにあった」


『俺の名前ですか?バカにしてきた上司に見せつけるためですよ』

シライシは名前についてそう言っていた。

あいつもあいつで、乗り越えた先の人間なんだろう。


「僕も過去を認められたら、名前を変えるかな」


「へぇ、ベゴニアの昔の名前気になるかも」


工房で音がしてハヅキが立ち上がる。ルンクは今なお、眉をひそめた顔をしている。


「だったら俺が、あんたが名前を取り戻せるようにしてやるよ!」


「例えば?」


「東京…旧市街の奥を暴いて、ヒマワリさんを突きとめる」


「…困ったな。先を取られたくは無いな」


ヴィンとタネが工房に入ってきた。タネはスケッチブックを見せつけるように歩いてくる。


「ベェ」


「…僕か?」


拙い絵の人間は、斧を持っている。無表情で特徴を捉えている気がする。


「あげる」


「ありがとう」


スケッチブックの1ページをちぎって、タネの描いた僕の絵を貰った。

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