進むための歩き方
「これまでのあらすじ」
旧市街で見つかった「タネ」と呼ばれる生き物の登場により、旧市街は大きく変化を始める。
ケラ喰いの襲撃、胞子下から這い出る虫、そして特異で巨大な個体の出現。
これまで安全圏で活動していた回収員たちの生存率は、次第に下がっていく。
さらに西から旅人たちが現れ、消息不明の元古参「ヒマワリ」の行方が再び注目される。
外縁10kmよりも奥、ボーダーラインの内側への探索の準備が始まろうとしている。
電車に揺られる。横でシライシが寝ている。
向かいに座るジニアは、あまり良い顔をしていない。
恐らくは先日確認されたと言われる変な虫のことだ。
「…ベゴニアでも殺せないと?」
「過信しすぎだ。僕が単騎で殺せるのは僕よりも少し大きい程度だよ」
「報告にあった巨大ムカデは殺したんだろ?」
「あれに僕は関わってない」
ジニアが頭を抱えるが、そこまで深刻そうな顔もしていない。
横にいるミナトが口を開く。
「巨大ムカデの報告書には、タネとカリンの対応で補給支援砲撃で討伐したとありましたね。同じ戦法は使えませんか?」
隣に座るカリンが顔を上げる。リズは今回は来ていない。
安静にしていたいのと、他の療養者をキキョウと診る為だ。
「誘導が可能だったので出来ましたが…その虫が同じようになるとは限らないと思います」
「何にしても、情報が少ない。巨大ムカデに、植物の翅を持つ巨体ハエ。旧市街は俺らが思うよりも魔境のようだ」
「あの時から居たのかな?」
「どうだろうな。少なくともあの時は、全員無知で弱すぎた」
「あの時って?」
カリンの横で聞いていたルンクが乗り出す。横でヴィンは外を見ている。
「…ヒマワリ含む僕らが初めて旧市街に入った時だよ。外縁15kmで断念したんだ」
「現在、外縁13kmまではルートができている。あの頃の15kmまではもうすぐだ」
大きな山を過ぎると旧市街が見えてくる。雨が降っている。
時間は午後7時。外縁7km。
装備チェックをして外に出る。最近は、ボーダーライン外側の虫が極端に少ない。
今回のパーティは
僕、シライシ、カリン、タネ、ジニア、ミナト、ルンク、ヴィンの8人だ。
ルンクの首の装置のランプが光る。
「ルンク、ヴィン。戦闘経験はあるか?」
「ないけど。ヤバい?」
「構わん。目的は先に進むことだ。そこだけ間違えるな」
「へーい」
他の回収員を見送り、ここから東に歩く。
「ベゴニアも、不要な戦闘は避けて欲しい。お前なら大丈夫だと思うが」
「OK。道案内は任せるよ」
「頼もしい限りだ。お前が居るなら、もしかしたらあそこまで行けるかもな」
「…やっぱり、それが狙いか」
ボーダーラインにたどり着くまで虫を10匹程殺して進む。ケラ喰いは居ない。
カリンはメイスの相性が良く、1回の攻撃で思い切り頭を潰している。
虫は、頭が無くなってもしばらくは普通に動く。
そこに居るはずの頭を潰した張本人を殺そうと、鎌持ちは前脚の鎌を振るが、カリンは身をかがめて避ける。
「どうですか師匠。僕、素振りとか色々特訓してるんですよ」
「コミュニティで顔を見ないと思ったら、そういう事か」
袖をめくり力こぶを作って笑うカリンが可愛らしい。
正直ジニアの方が凄いが、大人と比較するもんじゃない。
「様になってるな」
「本当に思ってますか?少しは強くなりましたが、まだまだですよ」
「そうかもな。これから楽しみだ」
遠巻きに戦闘を見ていたジニア達が戦闘終了を確認して歩き出す。弾薬やボンベ温存のため射撃兵装は極力使用しない。
ジニアは手に持った杖を地面に立てて起動する。
特殊なエコーやソナーを放ち周囲の生き物を検知する専用装備。EASマルチロッド。
戦闘を避けるジニアがボーダーライン内側の探索を進められているのも、この杖のおかげだ。
「8体。問題ないな。進もう」
何度見ても、ボーダーラインは異様な雰囲気がある。
内と外を隔てる白い胞子の壁。ジニアとミナトは構わず中に入る。
「うひゃー。これが噂の胞子か」
「ルンク達の呼吸器は問題ないか?」
「坑道は微細な粉塵やガスも酷いからな。これがなきゃ死んでたが、今はこれのおかげでへっちゃらさ」
ルンクは笑ってスカーフの下の呼吸器を見せつけ、持ってきたゴーグルをつける。
必要ないとは言ってあるが、これが気合い入れのルーティンらしい。
霧の中を、体調50cm程のトンボが飛んでいる。滞空していたと思えば、素早い動きで飛んでいく。
「あれ、こっちに反応しませんね。なんすか?」
「偵安種と呼んでいる。こいつが飛んでる時はケラ喰いは居ない」
「タネ、食うなよ」
「ふむ、敵意の無いケラ喰いには反応しないのかもしれんな」
「回収員の服着せてるからかも」
タネが服から背部腕を覗かせると、トンボはどこかに行ってしまった。
タネが大人しく腕を仕舞う。そうすると、自然とトンボが寄ってくる。
「なるほどな。1つ知見を得た訳だ」
しかし、トンボは再び離れていった。
ジニアは杖を付いてソナーを飛ばす。
「…10体。2体近くに居るな」
その言葉に斧を抜く。周囲に生き物の気配は無い。
「警戒しながら進む。発見次第判断する。耳は澄ましておけ」
ゆっくり、あまり音を立てないように前に進む。
ビルに囲まれた大通りの真ん中は、見通しが良いようで、細かい路地が分かりにくい。
「1度路地に入る。付いてこい」
ジニアについて行き、車一台が通れる程の路地に入る。地鳴りがしたので、ジニアが少し広いスペースで杖を付く。
「…9体。安心は出来ないが、1度立て直そう」
「思ったよりも、生き物居ないんですね」
「胞子は大量だがな」
「近頃は異常に少ない。偵安種もかなり数を減らしている」
「例のデカ虫か?」
「かもしれん。それか、どこかに集まっている可能性もある」
ヴィンが大通りを振り返る。そちらに向かって指を指す。
「…あれは?」
指さす先に見えるのは、6本個体のケラ喰いだ。近くに要塞種の死体が落ちている。
こちらには気づいてない。
「…うひゃー」
「面倒だ。離れよう」
ジニアが反対方向に歩き出す。ケラ喰いを見つめているヴィンを、ルンクが引っ張る。
ケラ喰いがこちらを見た気がするが、直ぐに食事に戻る。安堵のため息を吐いて、ジニアについて行く。
あの頃よりも、緊張している。それはきっと、この先の期待もあるのだろう。
「1行キャラ紹介」(全キャラあり、長め)
中心人物
・ベゴニア:本作の語り手。古参の1人。近接主体の戦闘系
・シライシ:ベゴニアの相方。援護射撃が得意
・タネ:人語を介すケラ喰い。少しずつ言葉を覚えている。
・カリン:リズを守るため強くなりたい新人回収員
・リズ:カリンの妹。ケラ喰いに認知されにくい
古参
・ジニア:堅物。現実主義。
・キキョウ:元医師。煙具を用いる裏表の激しいタイプ
・サルビア:射撃戦メインの戦闘狂
・マリー:回収員トップ。古参の前では柔らかい
・アジサイ:元回収員の髭。レストラン経営者
・ツユクサ:旧市街でサバイバルをしていた。死亡
・ヒマワリ:古参の元リーダー。消息不明
回収員
・カワイ:中堅。勘がいい。仕事について嫁と揉めている
・オダンゴ:近接主体の戦闘系。死亡
・ミナト:ジニアの相方。サポートメイン
・ホルン:サルビアの相方。防御主体の戦闘系
コミュニティの人たち
・ハヅキ:技師。義足。武装や補給支援砲台の製作者
・イチゴ:シライシの嫁
・リナ:シライシの娘
・ジロー:サルビアの同居人。ホルンとコミュニティに来た
落人の籠
・マユラ:集落の長。タネ様信仰を崇拝している
・ソハラ:集落の若者。死亡
・ソハル:ソハラの弟。6歳
ヒマワリを追った旅人
・ルンク:知的好奇心が強い行動派。首に特殊な呼吸器が付いている
・ヴィン:絵を描くことが好き。ルンクに引っ付いて行動している
・Fz:喋る犬




