誰かのことを想える場所
荷物より先にけが人を運ぶ。サルビアは言わずもがな。リズも脳震盪の記録があるので検査を受ける為運ばれていく。リズにはタネがついて行った。
タネはうもうだいぶコミュニティに馴染んできたし、回収員の近くなら僕から離れても問題なさそうだ。
サルビアを心配そうに見送るジローの手を、ホルンが強く握り返す。
「じゃ、俺はイチゴとリナに会ってきます」
誰よりも先に、シライシは自分の家に戻る。そういう所がむしろ信頼できる。
「すげぇ!!人が多い!」
コミュニティに入り、ルンクは少年のようにはしゃぐ。
「ヴィン、Fz、探索に行こう!!」
突っ走るルンクの後ろを、ヴィンが静かについて行く。
「Fzは行かないのか?」
「彼らの説明役が居ないと困るだろう。それに、君らについていったほうが腹が膨れると見た」
「狡猾な」
「"知恵"さ。狡猾さも、人間に教わったのだったかな?」
「人に知恵を教わった獣が、彼らを導くって訳だ」
「老後の楽しみだよ」
物資搬入の場に、見慣れない中年の女性が立っている。少しソワソワしながら、運ばれる物資を見ている。
「カリン、多分あの人だ。行ってこいよ」
「…はい!」
カリンがマグカップを持って女性の元に行く。
気づいた女性は口を手で覆い、目に涙を浮かべた。
「あの…これですか?」
女性はマグカップを受け取り底を見る。
「はい…これです……」
大事そうにマグカップを手で包み込み、カリンに深くお辞儀をした。
あの小さな陶器ひとつに、どれだけの思い出が注がれていたのかは想像に任せる。
「本当に、ありがとうございました」
女性は何度も振り返りお辞儀をして立ち去る。
立ち尽くすカリンの横に、Fzと立つ。
「なるほどね。君たちの仕事と言うのは、なかなかロマンチシズムではないか」
「基本は、よくある日用品を持って帰るだけだよ」
「…でも僕、なんか嬉しいです。あの人の思い出を、守りきる事が出来ました」
「誰かが遺した思い出を、君たちが繋いでゆく。十分素敵な事だと思うよ」
「犬に褒められる日が来るとはな。でもまぁ、そう言ってもらえて嬉しいよ」
どうして人の為にわざわざこんな事してるんだと、そう思う時もたまにあるが。
そんな時は、犬にも認められる仕事だと胸を張ろう。
マリーの部屋の前に立ちノックをする。
「入ってくれ」
ドアを開けてカリンとFzを連れて中に入る。
「あぁベゴニア。おかえ…」
Fzに気づいたマリーが口をパクパクさせる。
目がいつもより丸い。
「か…」
「か?」
マリーは咳払いをして立ち上がる。丸くした目を女幹部役の目に変える。
「…その犬は?」
「Fz。旧市街で拾った」
「初めまして。お嬢さん」
「……な」
犬好きな事は知っているので、いちいち反応が面白い。
ルンクとヴィンの事を説明する。
「…なるほどな。とりあえず、私はこのFzに話を聞いてみようと思う」
「そうするといい」
カリンの肩を押してそそくさと部屋を出る。
「カリン、ちょっと待って」
「はい。…なんか嬉しそうですね、師匠」
喋らず廊下で待っていると、ピンク色の声が聞こえてくる。
まぁいつも頑張ってくれてるし、こういう時くらいは良いだろう。Fzには悪いが。
「行くか」
「え?はい」
「リズのお見舞いにでも行くか」
「そうですね」
部屋の向こうでFzの情けない声がするが、聞かなかったことにしよう。
人間は、こういう狡猾さも持ち合わせているのだ。
リズは比較的問題ないらしい。カリンを置いて医療用の建物の裏でタバコを吸ってるキキョウに会いにいく。
「…あぁベゴニアさん。おかえりなさい」
「いつも助かるよ」
「こちらこそ、貴重なケラ喰いのサンプル、ありがとうございます」
キキョウの隣に腰を下ろす。タバコを吸うか聞かれたが、やんわりと断る。
「キキョウ、ヒマワリは覚えてるか?」
「そうですね、覚えている範囲で。何か?」
「…死んだと思うか?」
「そうですね。羨ましい限りです」
次の言葉を投げようとした時、人影に視線を移す。
ジローが立っていた。
「あ、あの…」
「はい」
「サーちゃん。治りますか?」
「十分話せるレベルまでなら、そこまで時間はかかりません」
「そう…ですか」
何か言いたげにモジモジしている。こちらと視線の高さを合わせるように、地面に座る。
「サーちゃん、やっぱり外に行かないと行けないんでしょうか?」
「というと?」
「いや、その…ホルンのためにも、あまり無理して欲しくなくって…」
女性のジローに泣かれると言うのは、なかなか堪える。
とはいえ、これは別に僕らの問題では無いのは事実だ。
「サルビアに言わなきゃ…とは言え、あいつは聞かないよな」
「そうですね。別に、アジサイさんみたいな生き方も可能ですし」
「あいつ、何であんな出ずっぱりなんだろうな」
「そういう性格としか言えません」
それにしては、何かと感傷的な時がある。無理に詮索するものでは無いが、ジローに心配されている以上は聞いてみたいものだ。
「そういや、ホルンはジローの子供か?」
「え?いえ、あの子は世の中の混乱の中、途中で拾ったんです。その後ここまで二人で来ました」
「なんでサルビアと一緒に?」
「あの子が、そうしたいって言ったんです。不思議ですよね」
ホルンは「やっと見つけた」と言っていた。
新しい母親と言う意味だろうか?
頬に手を置くジローを見て、こっちが母親だろと考えを改める。




