見つかる
一度トラックに戻る。カリンは荷台の席にマグカップを優しく置く。
「…喜んでくれるでしょうか?」
「そうだな。きっと大丈夫だ」
各々がトラックに置いていた荷物から補給品を取り出し、飯を食ったり水を飲んだりする。
リズも真っ直ぐ歩けているし、カワイはケロッとしている。
「ベェさん。こっからどうするんですか?」
「まだツユクサの痕跡を追う。それでもあと10km位進んで進展がないなら撤退だな」
確実に、ツユクサはここに来ている。あいつならきっと、手記位遺してあるだろう。あの時は持っていなかったので、恐らくは何処かに置いてきたのだ。
トラックを再び走らせて住宅街をゆっくり進む。一応、1軒ずつ軽く見て回るが、それらしいものは無い。シライシとだべりながら、トラックの横を歩く。
「見つかりますかねこれ。広大な砂漠から1粒のダイヤを探すが如くじゃないですか」
「回収員なんてそんなもんだろ。地道に行こうぜ」
「俺が入った頃は、もっと近場でただ使えそうな物探すだけの仕事だと思ったのに」
「だから言ったろ?僕に付いてくるのは間違いだって」
「いや、多分ベェさんの隣が一番生き残れますから」
トラックの横を歩きながら、瓦礫や小石を蹴る音が返事の代わりになる。
偶に、ツユクサの落書きは見つけるが、それ以上の物は無い。
2km程進んだ辺りで荷台に座ってるサルビアとオダンゴと代わる。
横に座っているホルンは、足をぶらぶら動かしながら黙って下を見ている。
こういう癖はサルビアと似ている。一緒に住んでいると、そういうのは似るのだろうか。
「……」
「……」
ホルンと目が合うが、特に話すことは無い。向こうも同じらしい。
歳の近いカリンとリズはまだ外で捜索をしている。どうしたものか。
「ホルンちゃんは、サルビアさんとずっと一緒なの?」
シライシの問いにホルンが首を横に振る。
「ジローと、あそこに逃げてきた」
「ジロー?」
「サルビアとホルンが一緒に住んでる女性だよ」
「じゃあ、ジローさんがお母さんなんだ」
ホルンは再び首を横に振る。
「お母さんとは…」
言葉に詰まるホルンを見ていると、僕もシライシも何も言えない。
シライシは「やらかした」みたいな顔をしているが、そもそも今は人と世間話をしてれば地雷を踏むのは当たり前だ。
「…でも、やっと見つけた」
俯きながらもホルンは静かに言う。二人で耳を傾ける。
「見つけたって、何を?」
「私の…」
ホルンの言葉を断ち切るように、近くで建物が崩れた音が響く。トラックが小さく揺れる。
外に顔を出してサルビアに確認する。
「おい!何があった!」
「さぁね。でも、面白くなりそうだ」
「面白いのは後だ。一度トラックに…」
言いかけた所でトラックが急加速をする。外に放り出されそうになったのをシライシが背中を掴む。
その瞬間、目の前を黒くて大きなものが通る。
でかい。左から右に大きな音を立てて横切ろうとする黒いからだに、何本も細い足が生えている。
「タネ!カリン達の方に行ってくれ」
屋根の上にいたタネは小さく頷いてトラックから飛び出す。
巨大な虫から遠ざかりながら、トラックを置ける場所を探す。
戦線離脱だ。勝てない勝負はやるもんじゃない。
「カワイ、よく気づいたな」
「右から音が近づくからな。止まって死ぬよりマシだろ」
0.6kmほど離れた体育館の横にトラックを止める。遠くでは、まだあの巨大ムカデのような虫の暴れる音が響く。
僕、ホルン、カワイ、シライシの4人。他のメンバーはあのムカデのところに居る。
「カリンやリズは大丈夫でしょうか」
「サルビアが居るんだ…大丈夫だろ…多分」
いや待てよ。サルビアは逃げないからむしろ危ないのでは?今から戻るべきだろうか?
ホルンも遠くを見ている。表情は読めない。
シュル…
小さな音だったが、全員が気づいた。
体育館の中で何かが動いた。
「…どうする」
「…確認だけ」
ゆっくりと、体育館の大きな扉を開ける。金属が擦れる音が体育館の中に響く。
中は蜘蛛の巣が貼ってある。尋常ではない。
天井、壁、床の隅。まるで、空気そのものが膜を張っているような静寂の中、白い虚城を作り上げている。
正面奥の登壇ホール。その奥のカーテンに大きくVの字。間違いない。あれもツユクサの痕跡だ。
「ツユクサってやつは、随分と承認欲求が強いんですね」
「…いいや、あいつは逆に何も言わないよ、ここまで大きく書かなきゃ行けない場所なんだ」
「詳しいんですね」
「古参で1番のおしゃべりだからな、みんな詳しいさ」
「何も言わないのに?」
「肝心なことは、あの細い腹の中に詰め込んでたからな」
「まぁ、本音で腹は脹れませんからね」
静かに1歩前に出る。古い体育館は踏みしめると小さく音が鳴る。授業中の喧騒の中なら、きっと気が付かないレベルだが、残念ながら今は違う。
虫がいるのかどうかも分からない。カワイを見ても首を傾げるだけだ。
流石に埒が明かない。斧を抜いてみんなを隅に寄せる。少し真ん中に立ちゆっくり息を吸う。
「あーーー」
右上から動き出す。体を下げて斧を右に置き相手を待つ。
迫ってくる巨体は斧を飛び越えて左に消えた。武器の存在を認知しているのか。
シライシが発砲するが、糸に阻まれる。
近くにホルンが寄ってくる。虫の次の動きを待つ。




