ケラ喰い特殊個体「ギギ」
固まった液状樹脂を砕いて4本個体が威嚇する。
周りを囲い武器を構える人間を一瞥していく。その微かな違和感を見逃さない。
リズだけスルーした。僕も、シライシも目を合わせようとした。リズだけ一瞥してカリンを見た。
僕とリズがガスマスクを外している。気づいた3人も同じようにガスマスクを外す。説明してる余裕は無い。
「まだ確定では無いが、物理ダメージにめっぽう強いみたいだ」
「…どうするんです?」
棒を前で構える。情けないが決まらない。逃げる訳にも行かない。
「思い付くまでやってみるわ」
よく見ると、4本個体はザラザラとした肌をしている。尻尾もタネより小さな棘が多い。
「ギギ…ギギギ…」
歯ぎしりのような音を立てながら4本個体は威嚇する。数の不利から様子を窺っている。
「ギギ」
タネが復唱するように言う。その方が呼びやすいかもしれない。
「よし、あのギギに集落の人を傷つけさせず。ここで殺す」
意気込んだは良いが、どうしたものか。
ギギがカリンの方を向いた。すぐに倒せそうなやつを選んでいる。
「カリン!」
「…!」
シライシの射撃がギギの腹に命中する。肌が凹むが怯まない。カリンの方に飛びかかる。
カリンがしっぽの横突きをマチェットの腹で受け止めた。防御できたのは凄いがマチェットが砕ける。カリンが衝撃で横に吹っ飛ぶ。
近くにいたリズより先にキキョウがカリンとギギの前に入る。オレンジの煙具。花火だ。
バチバチと火花と煙をあげる。痛みは無くとも、火は本能的な恐怖なのだろう。ギギが一瞬止まる。
「ギギギギ…」
「立てるか」
「すいません…|」
小さく息を吐いてカリンが立ち上がる。
止まったギギに詰める。こちらに気づいてしっぽのなぎ払い。
しっぽは他で散々見ている。先端の刃のような硬質部位以外は大した打撃じゃない。さらに踏み込んで片腕でしっぽの尾肉を受け流す。
受け流すとはいえ重い。力を入れなければ尾肉に吹き飛ばされそうになる。
尾肉に触れたジャケットがジジと音を立てて削れる。
さらに1歩踏み込むとギギは距離をとる。ギギの後ろに灰色の煙具。
…起動しない。火はついてる。不発か。
一瞬で立てた流れを一瞬で崩す。周りを見る。
戦闘で飛んできて足元に落ちている砕けたマチェットの破片を拾いギギに投げる。それをしっぽで撃ち落とす隙に更に踏み込む。
背後から射撃。シライシだ。灰色の煙具を弾が掠り起動する。液状樹脂がギギの足を止めた。
「タネ。防いでくれ」
タネがこちらに視線を向けてすぐに前を見る。
僕の左にタネが入り、ギギの抵抗のしっぽ攻撃を弾く。小さな火花と硬いもののぶつかる音が響き続ける。
さらに左からカリン。刃が半分欠けたマチェットを捨て空気銃を取り出し接近。
間合いに入る。左の背部腕で棒を止められるがカリンが銃床でギギの後頭部を殴る。体重を乗せた銃床がめり込み、鈍い音がして頭が揺れる。
「ギギ…ギギギ」
棒を掴んだ背部腕を掴んでギギの体を捻らせる。ギギは一瞬抵抗もせず止まる。
ギギが大きく口を開けたのを見てカリンが振りかぶる。しゃがんだ僕の頭の上をすり抜け銃床でギギの口を抑える。
ギギは銃床を咥えて背部腕で掴んでいた棒でカリンを殴り、カリンが吹っ飛ぶ。
シライシの射撃で咥えていた空気銃が離れる。それを拾い上げて棒を持ってる左の背部腕に振りかざす。
ぐにゃりと腕が曲がり棒が落ちる。空気銃を吹っ飛んだカリンの方に投げ捨てて棒を拾い距離をとる。
乱戦の中の籠の人を避難させ終えたリズがカリンに近寄る。
「…大丈夫?」
「……うん」
リズの手を取らずカリンが立ち上がる。よろけそうになるが姿勢を戻す。
「…勝てます?」
シライシがペレット弾を装填しながら尋ねる。キキョウは乱戦で切られた籠の人を治療して回っている。
ギギが液状樹脂から片足を外す。
「…内側からならどうだろう」
回ってきたキキョウに尋ねる。
「どうでしょうね。口を開けさせて花火でも押し込んでみますか」
飛んできた突き攻撃をタネが弾く。弾く音、地面にしっぽが当たり砂埃をあげる。
「煙具、何本ある?」
「全部5程ずつ、でもさっきまでの雨とこの湿気で不発もありますよ」
「OK。やれるだけやろうか」
棒を構え直す。シライシのコッキングの金属音を合図に僕とキキョウとタネで前に出る。
「口を開けさせてみるよ。タネはキキョウに着いてていいから」
キキョウが頷く。タネが顎を引く。
「キギギギ…」
機械音にも聞こえるその唸り声をあげてギギが液状樹脂の拘束から解ける。
しっぽによる接近をタネが防ぐが尾肉がキキョウの足を捉える。
「…っ!」
しっぽを振り回してキキョウを壁に投げ飛ばす。祈りをしている人達の所に突っ込んだ。
壁の石が落ちる。割れたメガネを投げ捨ててキキョウが舌打ちをしながら筒状の注射を腿に打つ。
「…クソッタレ」
間合いに入る。タネとギギのしっぽがぶつかり合う。空気を切り裂く音が鳴り続ける。
多腕が掴みかかってくるのを捌く。手首を殴り、掴み、拘束されないよう最善を尽くす。
キキョウが戻ってくるまで耐える。腕にしっぽが掠れる。タネが防いでくれるとはいえ殺しきれない相手は戦闘が長引くほど不利だ。
シライシの援護射撃がギギの頭に当たり怯む。
「…ギギガ!」
シライシの方を見てギギの瞳の模様が変わる。ギギの喉が脈打ち口を大きく開けて緑の液体を吐き出した。顔にかかるそれが肌を焼く。ジリリと肌が溶ける音がする。
タイミングはここしかない。棒を開けた口に横向きに押し込む。口を開けたギギが棒を噛み砕こうと顎に力を入れる。
背部腕が肩を掴む。潰そうとするが力を込めて筋肉を固くする。
後ろでしっぽ同士がぶつかる音が響く。
「キキョウ!」
キキョウがオレンジの煙具3つに火をつけてギギの口に放り込んだ。
「これも喰え」
噛み付かれていた棒を引き剥がそうとするが、ギギが顎に力を込めて離れない。
ピシリと音がなり棒から手を離す。ギギが咥えている棒がふたつに割れた。肩の拘束を解いて下がる。
「…!、ギェ!グギェ…」
喉の異物感にギギが呻いて吐き出しそうになる。
ギギの後ろで静かに身を潜めていた影が動き出す。リズが飛び出した。手には紐を持っている。
ギギの顎に紐を引っ掛けて引っ張る。ギギの顎が閉じた瞬間、ギギの口元から光が漏れる。身体の中で響くようにバチバチとくぐもった音を鳴らしながらギギの口から煙が上がる。
暴れるギギに振り回されそうになるリズをタネがしっぽで掴んで引き離す。
「…リズ!」
離れたリズにカリンが寄る。
「……ギ……ギギ…」
ギギが喉を掻きむしりながら暴れる。むちゃくちゃにしっぽを振り回し壁際で祈っている人を無造作に切りつけていく。
赤黒いものが飛び散ろうが、これでも彼らは誰も悲鳴をあげることなくその姿勢を崩さない。祈る人の口が小さく動いているのが見える。
「…ギゲ……ギギェ…」
ギギは叫ぼうとしているが喉が焼けて声が出ない。確かに手応えがある。睨みつけるようなその目から血が溢れている。もう一度仕掛ける。
ギギが立ち止まる。顔を動かさず静かに瞳を動かして模様が蠢く。
壁に手をついたと思えば崖を登り始めた。
「…逃げる気か!」
シライシが撃つ。命中しても動じない。どんどん壁を昇っていく。
「ここで逃がしたら被害が増える…」
「ベェ。シィ」
タネがシライシをしっぽで掴む。こちらを見る。
「ベゴニアさん!」
カリンが銃を僕に投げて渡してくる。受け取ってタネに駆け寄る。
「カリン!助かる!ここの人たちの治療を任せた!」
カリンは力強い眼差しで頷く。近くにいたキキョウが灰色の煙具を2本僕に渡す。
「それで最後だ。多分火は着く」
「やっぱ僕は、敬語よりそれくらいの方が話しやすいや」
ワイヤーを伸ばしてタネの体に巻きつける。合図とともにタネが崖に飛び映って登り始めた。
背部腕と手足でタネは器用に崖を登る。ギギとはまだ差がある。
「足止めになるか…?」
しっぽに掴まれながらシライシがギギに発砲する。上手く当たらないが腕に命中するとギギが少し止まる。
それでもギギは止まらない。ボロボロの空気銃をボンベに繋ぎ僕も発砲する。
少しずつ距離が縮んでくる。急激な上昇に鼻を突く強い激臭で頭が痛くなる。大気汚染環境に戻ってきた。酸性雨上がりの酸っぱい鉄臭がする。
ガスマスクを取り出し口につける。大きく息を吸ってゆっくり吐く。頭が冴えてくる。
「もうすぐ崖を登り切るぞ!」
タネが最後に跳躍する。夜の旧市街に飛び出した。
地面に着いてギギを見る。こちらを睨みつけながら少しずつ後ずさっている。
「なんか可哀想ですが…仕方ないですね」
「…ギ……」
「シライシ。射撃は最低限で良い。もう弱ってる」
「了解です」
銃を鈍器として構える。1歩ずつゆっくりと近づく。
タネは言わなくとも僕をしっぽの攻撃から防ぐ。
ギギに怯えが見える。
「ギギギ……」
走り出す。逃げようとするギギの脚にタネのしっぽが絡まりギギは転ける。
力なく垂れる2本の背部腕を抑えるとまた声にならない音を発する。
「ギゲ!…」
むちゃくちゃに暴れる。しっぽが耳の上を掠める。僕の頬に血が伝わるのがわかる。
背部腕もほとんど機能していない。しっぽはタネに防がれる。今のこいつは人の見た目の猿とあまり変わらない。
顎を掴んで口を開かせようとすると噛み付こうとしてまた大きく口を開けた。
その隙を逃さず空気銃を顎に入れる。口を固定させて腰に着いた軽型ボンベをギギの口にねじ込む。
しっぽが背中を軽く切り付ける。鋭い痛みが襲うがそれどころでは無い。
灰色の筒を力強く握り上に掲げる。発砲音と共に煙具の先をペレット弾が掠めた。
それをギギの口に放り込む。
「…悪いな。僕らも生きたいから」
液状樹脂がギギの口で弾ける。大きく口を開けたギギは口の中にボンベと空気銃を咥えさせられそれを灰色の樹脂で固めさせられている。
「……ゴ…」
手を離すと必死に逃げようと距離をとる。口から伸びる紐の先は僕の手。
紐がピンとはり「ピキン」と音を立てた後、ガスボンベのリミッター解除でギギの頭が吹き飛んだ。
緑の酸と銃とボンベの破片が散らばる。仄かな酸の匂い。ボンベ爆発によりすこしガス臭い。首の無くなったギギはその場で崩れ落ちた。
少し吸って、ゆっくりと息を吐く。風が背中の切り傷を撫でて痛む。それでも生き残った。
「べぇさん、空気大丈夫ですか!?」
「Ⅱ型はフィルター付だから」
目を合わせるとシライシが笑って拳を前に出す。シライシと拳を突き合わせた。少し震えたお互いの手の感覚を感じてまた笑い合う。
シライシのカバンにぶら下がった大気汚染計測器が正常値に下がった。
いつもの匂いが少し薄い。ピクリとも動かないギギの死骸に近づく。普段は常に赤色の大気汚染計測器のランプが青色になる。
「…これって、あの時の部屋みたいな?」
少しだけ湿気があり、ギギの死骸は少しだけひんやりしている。
ゆっくりとガスマスクを外してみる。シライシもそれに続く。
あの時の密室の部屋と同じ空気だ。コミュニティでも感じる事のない、澄んだ空気が鼻を通り抜ける。
深呼吸をしながら上を見る。今日は星が綺麗だ。
「ギギ」
通常のケラ喰いと異なる個体。「ギギ…」と鳴いていたためそう呼称した。
洞窟内で過ごしていたケラ喰いで、その外見からタネよりも長い時間を生きていたと思われる。
外皮が硬く、傷はつけられるが出血まで至らないほどに外傷に強い。
討伐後、外皮が少し白くなりひんやりとしており、その死骸から空気の浄化作用を観測した。
これは他のケラ喰いでは観測されなかった事例である。
空気浄化の理由は詳しいことは分かっていないが、以前空気の澄んだ密室空間とよく似た湿度や匂いであることから、何らかの条件で発生しえる現象ではないかと考察される。




