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終末都市の塵芥  作者: Anzsake
キキョウ:シネン/落人の籠
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死を想う余裕

雨上がりの匂いがする。外は雨だったらしい。

広場の真ん中では焚き火をしている。それを見ているもの、各々の作業をしているもの、火の番をしているもの。


「お帰りなさいませ。お目当ては手に入りましたかな?」


マユラが近寄って声をかけてくる。リズが半歩前に出てソハラの腕をマユラに見せた。


「…ごめんなさい」


「おや…これはソハラのですかな?」


マユラは腕を受け取ると一呼吸置くこともなく握った指を無理やり開かせて薬草を取る。

腕の方をリズに返した。


「あちらの火にくべてください」


まるで悲しんでいる様子もなく、薬草を持ったマユラはどこかに行ってしまった。

リズが半分口を開けて何か言いたげだった。


火の番の人に腕を渡す。それを受けとり指をまじまじと見た。


「あぁ、ソハラか」


そう言うとそのまま火に投げ入れた。

「あ…」とリズが声をこぼす。

赤い炎の中微かに見える人の手はだんだんと黒くなり太かった指が細くなっていく。


「…悲しくないんですか」


感情を押し殺すようにリズが火の番に聞いた。


「俺らはみんな、タネ様の為に生きてるんだから」


こちらを見ることなく火の番は薪を入れる。

リズは何か言おうとしながらも唇を噛んでどこかに歩いていってしまった。


「…その木は、どこから取ってくるんだ?」


「これかい?洞窟を北に進んでいくと、地表に森があるんだ」


森。別にコミュニティ内は山だが、ここら辺でも森はあるのか。


「大気汚染はどうするんだ?」


「そりゃ、それ用の集めに行く人が行くのさ。昨日死んじまったからさ。ここに」


火の番は焚き火を指さす。何も見えないが、ここにその「木を集めに行ってた人」が居るのだろう。


あまりにも"死"が当たり前の世界。別に回収員も死なない訳では無いが、色々と整備されてからほとんど死んでない。

故に僕らには「死を悲しむ余裕」があるのだろう。

火の番の彼の手も、やけどで顔とほとんど色が違う。



タネの居る部屋でリズはうずくまっていた。横でタネが不思議そうに見ている。


「…ソハラさんは、弟さんのために生きてたのに」


リズの頭を撫でてやる。少し震えていて、泣かない様に堪えている。

僕は、死に触れた機会がリズよりも多い。だから死よりも怖いことを知っている。

だからここの人たちを非難する気にはならない。


「…リズ?」


タネが初めてリズを呼んだ。リズが顔を上げる。タネが人を伺う仕草を見るのは初めてだった。


目を擦ってリズがタネに笑う。拭いた涙は止まってないし口も少し震えているけれど。



悲鳴が聞こえた。外に飛び出す。

ケラ喰いが人を襲っている。さっきの4本個体だ。


斧はまだ壊れてる。なにか使えるものは無いか。

ケラ喰いと目が合う。いや、タネと目が合っているのだろうか。


「タネ!防いでくれ!」


立てかけてある棒を手に取る。思いのほか重いが、振れなくは無い。


周りを見渡す。集落にいた人が全員あの祈りのポーズをしている。火の番の彼も、マユラも、襲われていた女性の横にいた人も。


異常だ。ハッキリ言ってバカだ。

こうなれば何とでもなれ。空気銃に信号弾を装填し上に撃つ。こんな深い崖下でも、虫が寄ってこればヘイト分散にはなる。


「リズ。少しづつでいい。真ん中で祈ってるたわけを避難させてやってくれ」


リズが小さく頷く。僕の空気銃を渡すとリズは駆け出した。タネが横に付く。


「ベェ、アレ切れない」


よく見たら、4本個体の腹部には切り傷のようなものがあるが、出血もなければ痛覚で怯えてもない。


「なるほど、斧は出番なしか」


4本個体が詰めてきた。攻撃を棒で受け止めるが棒の重心に引っ張られて対応が遅れてしまう。次の攻撃はタネが防ぐ。弾いた攻撃が横で祈ってる人の臀部を切り裂く。


それなのに叫ぶことなく、ただ震えながら祈り続ける。


「怖いなら逃げろよ!!」


返事がない。攻撃を防ぐ。棒の重さで受け止めるのが慣れない。


タネの援護からやつの頭に一撃叩き込む。頭が大きく揺れたがそのまま反撃をしてくる。受け止めた衝撃で後ろに吹っ飛ぶ。


壺を割り土の建物の壁に叩きつけられる


「…上手くいかねぇ」


立ち上がり構える。背中が痛い。



上から1本。見覚えのある筒が落ちてきた。灰色、粘着スモークだ。


小爆発で4本個体の足に液状樹脂が広がる。すぐに固まった樹脂はやつの動きを封じた。夕日を遮る一瞬の影、上からカリンが落ちてきてマチェットを突き立てようとするが、4本個体の身体には刺さらない。


「…え!?」


カリンがいつの間にか近接武器をしっかりと使うようになっているが、こいつは外傷に強い。抵抗する4本個体からカリンが離れる。地面に着地しマチェットを構え直す。


ワイヤーをずらしながら横にキキョウとシライシが降りてくる。


「怪我人は?」


奥で初めに襲われた女性と横で臀部を切られた男性を指さす。


「…あっちは黒だな」


そう言って横の男性の治療を始める。


「ベェさん!」


「シライシ…」


感動の再会に胸が熱くなる。


「上ばっか見てるから落ちるんですよ」


「そうか、では先にお前の膝下を切り落としてやろう」


4本個体が拘束を解いた。シライシを短足にするのは後にしよう。

「ベゴニアの手記」

落人の籠は崖下の大気汚染の影響の無い環境で生活している宗教コミュニティだ。

人数は約70名。金属加工が可能な水準で、食事は虫を中心に洞窟内の野菜類を栄養源にしている。

決して低い生活レベルでは無いが、この環境で人間が生きるのは簡単ではない。


だからだろうか、彼らは「タネ様信仰」と呼ばれる教えを信じている。ケラ喰いこそ新しい人類であり、自分たちはそのために生き、死ぬのだと。


死に関しては非常に淡白で、日常の一部になっている。危機が訪れても逃げず、どこか諦めているように見えた。

しかし、リズは泣いた。

死を悲しめるのは、最低限生きていられる環境であることの裏返しだなと思った。

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