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終末都市の塵芥  作者: Anzsake
キキョウ:シネン/落人の籠
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カリン:それぞれの戦い方

突然大きな音がして空気が震える。しゃがみこむしか無かった。耳鳴りに似た低い音が腹に響く。


とても大きな衝撃に地面が揺れる。すぐそこにある建物から小さな石が落ちてくる。

シライシさんが僕の上に覆いかぶさってくれた。静かになってから慌てて起き上がる。


「シライシさん!大丈夫ですか!?」


へへへとシライシさんはサムズアップする。そこまで大きな石は落ちておらず、ホコリが被った程度らしい。


「…僕の心配は無いのかい」


建物の隙間に身を隠したキキョウさんが、冷静な顔で頭を出す。

冗談のつもりだったのだろうが、キキョウさんはメガネを拭きながら冷静な顔を変えない。



広い道に出た。目の前の道路に大きな穴が空いている。穴の下は線路が北に進んおり、先へ続く線路が見える。

道路を塞ぐ大きな壁、今の地震はこのビルが崩壊したのだろう。

まだ小さな埃が舞っていて時折パラパラとビルの壁が崩れる。


「北上の最短ルートが今消えた。そして今、次のルートが現れた訳だ」


少し嬉しそうにキキョウさんは地下鉄を指さす。

太陽の光を虫の群れが遮る。あまりぼーっと立っている暇は無い。


既に地下鉄に飛び降りたキキョウさんを見てシライシさんが僕の肩を叩き、僕も遅れて飛び降りる。




「君」


僕の方を見てキキョウさんが言う。


「…カリンです」


「…そうか。で、君、怪我は痛むか?」


「いえ。大丈夫です」


本当は少し痒いが、この程度なら言うまでもない。

そのまま前を向いてキキョウさんは暗闇に歩き出す。


「この人、ジニアさんより読めないな…」


横でシライシさんがボソリと言う。思いのほか地下鉄の中で響くが、キキョウさんは何も言わない。




鉄道はこの後東にズレる。すぐそこにある駅のホームに進む。

暗い。それぞれのライトだけが前を照らす。微かに聞こえる雫の落ちる音。冷たい風が傷に触れて痒さを忘れる。

きっと、リズとふたりなら歩けなかった。この人たちが横にいるから、僕はここを進むことが出来る。




「…止まって」


キキョウさんの声で息を止める。どこかで虫の歩く音が聞こえる。カサカサと音が鳴る。1匹や2匹じゃない。


キキョウさんがなにか取りだしてそれに火をつけた。ピンクの煙を上げながら何だか変な匂いを放っている。辺りの壁や天井が仄かな桃色の灯りに照らされる。


それを来た道に投げる。少しの静けさ。また風の音が聴こえる。


虫の足音が一斉に近づいてきた。後ろから50cm程度の虫が出てくる。10…15…気持ち悪い。


「…行くよ。前の道は頼んだ」


進む道に視線を移す。こちらにも同じ虫。後ろよりも少ない。地下鉄の小さな穴からどんどん顔を出す。


「任せてください!」


シライシさんがペレット弾を切り替えて散弾を撃つ。1回の射撃で目の前の虫がいっせいに弾けて液体をぶちまける。

もう一発。人が通れる隙間ができる。


「走れ!」


合図で前に走り出した。真ん中にいる僕が飛びかかった虫をマチェットで切り付ける。


前でシライシさんが散弾を撃って道を開く。後ろでキキョウさんが振り返りながら走る。


無茶苦茶に走ったせいか、正面は行き止まりだ。


「やべ!ごめんなさい!!」


シライシさんが止まる。後ろから虫が次々と迫ってくる。カサカサという音が何重にも重なり、蠢く壁が、じわじわと迫り来る。


「…そこに入れ!」


正面右、小さなガラス製の扉にキキョウさんが走って扉を開ける。

中は小さなスペースに真ん中に筒が置かれている。

扉のマークを見て、ここが喫煙室だと理解する。


「これじゃ袋小路ですよ!?」


「構わん」


キキョウさんがまた筒を三本ほど取り出す。火をつけたそれは先程と違い白い煙を上げ始めた。すこしツンとする匂いがする。


それを廊下に投げてキキョウさんは僕とシライシさんを押し込んで部屋の中に入った。


バチンバチンと虫が扉にぶつかる。蠢く壁がガラス製の扉の向こうを虫の色に染め上げる。


「…キキョウさん。どうするんですか!?」


「…まぁ、待ってて」


キキョウさんは冷静だ。怖くて寒くて、指先の震えを抑えてる僕の目の前でポケットからタバコを取り出して火をつけた。

キキョウさんの吐く煙が上の通気口に消えていく。

その穴から虫は来ない。


鼻を刺す匂いが、かつて父親が吸っていたタバコの匂いを思い出して指先の震えが止まる。

決して安心出来る匂いではないが、僕に戦う理由を思い出させてくれる匂いだ。


虫が甲高い鳴き声を上げ始めて、ガラス製の向こうの色が消えていく。跳ねている虫のシルエットが映る。


「…殺虫剤だ。昔使ったことはないか?」


煙を吐きながらキキョウさんが言う。肩を丸めたシライシさんが問いかける。


「えぇ…でもそんなチート武器あるなら初めから…」


「外じゃ煙が分散されて有効打にならない。それに大きな虫には威力が足りない。閉所戦を得意とする、僕の武器だ」


煙を吐いたキキョウさんが僕の方を見る。


「…君、さっきのマチェットは助かったよ」


突然褒められてどうしていいか分からずモジモジする。シライシさんが僕の肩を叩いて笑う。


「あ、ありがとうございます…」


決意の匂い、褒められたことに少し傷が痒くなる。

狭い3人の喫煙室で、虫が居なくなるのをじっと待った。

「地下鉄」

かつて都市機能を支えていた人類の交通網の名残。旧市街の地下深くに網の目のように張り巡らされているが、地盤沈下や崩落によって多くの区画が寸断されており、安全に通行できるルートは限られる。


ビル群の倒壊は、この地下の空洞によって地盤が脆弱化していることが一因とされ、旧市街探索においては地上での移動も含めてリスクとなっている。


内部は陽光が届かず湿気がこもりやすく、狭隘な閉所であることから虫類の巣となっていることが多い。一方で、外部と異なり腐食や酸化が進みにくく、金属部品や加工済み資材などが原型を留めている場合があり、高リスク・高リターンの物資探索スポットとして、一部の回収員に利用されている。

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