未確認生物
見たことのない生き物だ。
虫だけが脅威じゃないのは知っていた。けど、こんな生き物が奥地にわらわら居るなら、回収員なんて廃業だ。
虫の一部を大人しく受け取る。気持ち悪い。
そいつは立ち上がり、こちらへ歩いてくる。
人型だけど、生殖器はない。尻のあたりから細長い尻尾が生えて、擦れた床に細かい傷をつける。
ドラゴン、と言えば聞こえはいいが、一瞬の油断で殺されそうだ。
やはり最大の特徴は背中から生えた一対の腕だ。
人肌の他と違い少し黒い色味で、色んな方向に動く。
肩に付いてる普通の腕よりも少し太く、力強い印象を受ける。
僕の前で立ち止まり、顔をじっと見つめてくる。瞳の柄が変わる。蛇のような縦長になったかと思えば、また人間の瞳に戻った。
「君、名前は?」
シライシがしゃがみ込んで尋ねる。化け物は首をかしげる。
「タネ」
そう答えた。種族名か、固有名か。
「ベゴニアにタネちゃん。いい組み合わせじゃないですか」
「少し黙れ」
タネはじっとこちらを見ている。僕も動けない。ライフルを使える間合いじゃない。
「どこで言葉を覚えた?」
「ママが使ってた」
「ママはどこに?」
タネは指をさす。奥地の方だ。なんとなく分かっていたが、回収員の廃業が頭をよぎる。
「目的は?」
「目的?ケラを食べる」
また首をかしげる。人類を滅ぼすとか、そういう目的は無いらしい。ケラは虫のことだろう。
「ベェさん、どうします?」
悩んだ末、踵を返して歩き出す。雑居ビルを出て振り返ると、タネがついてくる。勘弁してくれ。
「やっぱり強い人に懐くんですね」
笑うシライシ。他人事みたいに言いやがって。
「せっかくですし、連れて帰りましょう」
「気が乗らない」
「近くに迷子センターはありますかね?」
それでも勝手についてくる。急に本性を表して虐殺されても困る。
恐る恐るタネの手を取る。抵抗しない。慎重に腕を紐で縛り、背中の腕もまとめる。道に座らせた。
「行くぞ」
「えー、可哀想ですよ」
タネは器用に立ち上がり、縛られたままついてくる。
「…なぜついてくるんだ?」
「ママの匂いがする」
シライシが変な顔をする。やめろ。
「まさか…女の子だっ」
「違う」
「なら…この子のママと、あんなことやそんなことを」
「お前も縛って置いていこうか」
本当に縛ってやった。僕の後ろにまっすぐついてくるタネのさらに後ろに、縛られたシライシがしょんぼりついてくる。
電車に着く。遠征用の簡易拠点が組まれていた。他に納品に来ている奴はいない。
受取人がタネを見て驚き、その後ろの縛られたシライシを見て混乱する。
「えーっと。何が何で何だ?」
回収した酒類とドレスを回収用車両に積み、手柄判別用のシールを貼る。
「この生き物、どう思う?」
「どう思うってお前…うーん」
受付は腕を組んで悩む。当然だ。殺せと言うなら殺す。
「まぁいいんじゃね?とりあえず服着せてやろう」
「子供用の服なんて置いてないだろ」
こんな危機管理でよく受付やってるな。僕もそっちの仕事がしたいくらいだ。
「ベェさん、これ解いて」
休憩用の車両に乗り込む。時間はあるが、もう探索どころじゃない。タネを座らせ、余っていた回収員のジャケットを羽織らせる。丈が長いから股間も隠れる。十分だ。
「女装みたいですね。ベェさん、趣味が良い」
「ズボンを履かせてやりたい。シライシ脱げ」
「サイズ的にベェさんの方でしょ」
タネは座席の感触が新鮮なのか、興味深そうに撫でている。向かいに座るシライシを睨む。
「ベェ」
タネが僕の名前を口にした。一瞬、可愛く見えそうになるのを頭を振って追い払う。
「ベェ。お腹空いた」
カバンから携帯食料を出して渡す。乾燥肉を野菜で包んだ、人間の今の標準主食。パンは高級品だから仕方ない。
タネはそれを一口で食べた。口が耳元まで裂けたのを見て、やっぱり化け物だと思い知る。
「美味しい?」
「うん」
「ケラとどっちが美味しい?」
「ケラ」
淡々と答えるタネ、シライシが僕を見てくる。
「ケラ美味しいですって。食べてみます?」
「お前が毒味しろよ」
「せーので行きましょ」
絶対お前、食わないだろ。そもそも食う気もない。
食べ終えたタネは座席の感触を楽しんでいる。なんだか疲れた。横になると、タネも真似して横になった。
騒がしい声で目が覚める。もう日が昇っている。
「ベェさん、おはようございます」
視線を向けると、タネの周りに回収員が集まって食べ物を与えていた。
タネはいつの間にか子供用のズボンを履いている。
「タネちゃん、これも食っていいぞ」
「水もちゃんと飲めよ」
シライシが横に座る。ヘトヘトそうだ。
「いやぁ、人気で良かったですね」
「助かる。寝ていいぞ」
笑いながらシライシが横になる。
車窓に影が差す。外を見ると、空に虫が大量に飛んでいた。
それでもロマンに取り憑かれた連中は、まだ回収に出ている。昔は僕も、昼行動で1人前を証明しようと必死だった。
回収員の一人がこちらを振り返る。
「ベゴニア、この子、一体なんなんだ?」
「分からん。気は抜くなよ」
昼過ぎ、外に出ていた回収員たちが戻ってきた。少し人数が少ない。やられたのだろう。
疲弊した中のひとり、ジニアがガスマスクを外してタネを見て、目を見開く。
空気銃を抜き、躊躇なく発砲した。タネは口を開け、ペレットを飲み込む。
「なんでここに居るんだ!」
珍しく、古参のジニアが怯えている。
「さっき拾った。見たことあるのか?」
「10km地点で見たやつとそっくりだ。さっき3人死んだ」
睨まれる。殺すなら殺すが。
「ベェ、これ不味い」
タネがペレットを吐き出した。口の中は無事そうだ。
「少なくとも遠征が終わるまでは拘束しろ。頼む」
車両の隅にタネを隔離する。他の回収員は可哀想と言うが、ジニアが一蹴した。
死人が出てる以上、仕方ない。僕も少しだけ安心できる。
タネは状況が分かっていない顔で、こちらを見ている。
向かいに座り、また横になる。
そもそも、これ。連れて帰っていいのか?
「虫」(ケラ)
回収区域で最も多く遭遇する脅威。普段は胞子を捕食しているが、邪魔と判断すれば人間にも襲いかかる。
群酸種は体長約1m、鎌蝉種は1.5m級で、奥地には他種も多数存在するが詳細は不明。殻は脆く、空気銃や斧で対処可能だが、数の多さが脅威となる。