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終末都市の塵芥  作者: Anzsake
キキョウ:シネン/落人の籠
13/111

落ち葉

直ぐに階段を降り、近くの廃材を抱えて階段に積み上げる。

起きているのはカリン、オダンゴ、僕の3人だけだ。みんなを起こす時間はない。


「ゾンビは頭を潰しても動く。四肢を潰せ。動きが止まったら、まとめて廃材で潰す」


3人で空気銃を構える。散弾では破壊力が足りない。通常弾を装填する。

階段を転がるようにゾンビが落ちてくる。脚と手を狙い、撃ち抜く。骨が砕け、階段の途中でのたうち回り動きが鈍る。


カリンは撃つまでが早い。ツユクサの時も思ったが、構えから発砲まで一切無駄がない。

オダンゴもきちんと当てているが、近接の方が得意だと分かる。


「前に出ていいですか!? メイスで潰した方が早い!」


「ダメだ。できるだけ近づくな」


ゾンビに噛まれるだけで感染するわけではない。ただ、傷をつけられると異常に悪化し、死ぬ。

死体はゾンビになる可能性がある。途中で息絶えた仲間に襲われ、街の人間は一気に死んだのだ。


階段の途中で溜まったゾンビの動きが鈍くなってきた。

大きめの板を担いで載せ、その上からさらに廃材を放り込み、動きを封じる。


「火あります!」


「延焼させる物がない。ここで潰し切る」


廃材の隙間から腐った手が伸びてきた。カリンが即座に手首を撃ち抜くと、ゾンビが崩れ落ちる。それをオダンゴがメイスで叩き潰した。


廃材を隙間なく押し込むと、静かになった。

カリンとオダンゴがその場に座り込み、肩で息をする。


「…助かった。カリン、大丈夫か」


「はい……大丈夫、です」


少し顔色が悪い。オダンゴがカリンの背中をさすっている。


「監視してる。二人はみんなを起こしてきて」


カリンが立ち上がろうとしたとき、足元がふらついた。

咄嗟にオダンゴが支える。


「大丈夫ですか。カリンさん、水分取ってください」


オダンゴが水筒を差し出すと、カリンは一瞬きょとんとした顔をして、すぐに小さく笑って受け取った。




こんな場所では休憩はできない。ジャケットのフードを被り、雨の中外へ出る。

信号弾を装填し、空へ向けて撃つ。赤い煙が空高く伸びていった。


しばらくすると南西から白い煙が飛んできた。

直撃ではなく、150mほど離れた小さな建物の上に落ちる。衝撃で建物が崩れた。


「これ、大きい虫にぶつけたら強いんじゃないっすか?」


「僕もそう思った」


瓦礫をどかすと、コンクリートに少し埋まった鉄の塊が出てきた。ロックを外し、蓋を開ける。

中には人数分のボンベ、食料と医療品少々、そして斧用のカートリッジが入っていた。


雨の中を進むのは得策ではない。別の小さな建物へ移動し、中へ入る。




それを見て全員が言葉を失った。


小さなビルの窓のない部屋。その中は一面が緑に覆われていた。

壁には苔が這い、床は土で湿っている。旧市街で植物を見るのは初めてだった。


「…なにこれ」


「旧市街で植物なんて……」


ミナトですら困惑していた。


シライシがポーチから測定器を取り出し、数値を確認してからガスマスクを外した。


「大丈夫です」


その言葉で全員が顔を見合わせ、恐る恐るマスクを外した。湿った空気が肌を撫で、土と草の匂いが肺に入る。


「久々に空気の匂いがしますね」


シライシが、小さく笑った。



ドアを閉めて外の汚染された空気を遮断し、腰を下ろす。

他のメンバーはすぐに休息に入ったが、シライシだけが隣に座る。


「さっきの騒ぎ、すぐ動けなくてすみません」


「気にするな。シライシがいて助かった」


「べぇさん、コート濡れてます。少し拭きますね」


そう言って、シライシが濡れた裾を軽く叩き、泥を落としてくれる。湿った布の感触がくすぐったい。


「パンデミック前って、どんな暮らししてたんです?」


「田舎でのんびりだよ」


「また抽象的ですね。ニートですか?」


「畑手伝ったり、動物追い払ったり、本当に色々やってた」


シライシは肩を揺らして笑った。


「いいですね。のんびり生きてるのはベェさんらしいです。是非聞かせてください」


雨音が外で続いていた。部屋の中には植物の匂いが漂い、ほんの少しだけ、ここが安全な場所に思えた。


**


物心がついた時の景色を思い出す。布団の中から、白く明るくなっていく空を見て「きれいだ」と思った。

昔から寝ない子で、小柄なまま成長しきれず、世界が滅べばいいのにとよく思っていた。そんな世界で、一人で生きたかった。


「なのに田舎なんすか?」


「一人で生きるには、今まで人がやってきたことを知らなきゃならない。そうすると、自然と人と接するようになるんだよ」


あの時を思い出す。緩やかに感染が広がり、最後に僕一人が残った。色々教えてくれたおじいさんの顔をしたゾンビを、自分で殺した。


虫と戦うようになり、周りの大人が死んでいく中で、自分だけが当たりにくくて生き残った。こんな自分が、ここで役に立つとは思わなかった。


「そんな田舎から、コミュニティに入ったのは何故です?」


「拾われたんだ」


一人で生きることに寂しさはなかった。いつも通り動物を狩り、畑を手入れしていた時、見慣れないトラックが通った。

その中から、女性が降りてきてこちらへ歩いてくる。


『これ、君が一人で育てたん?』


『…うす』


『あたしはヒマワリ。君は?』

「空気銃」(くうきじゅう)

圧縮空気でペレットを射出するライフル。パンデミック前のこの国で狩猟・競技用に使われていたものを流用している。現在も入手・維持が可能な数少ない実用武器。


回収員は空気圧縮ボンベを接続して威力を強化し、通常弾・散弾・信号弾など状況に応じて弾種を切り替え使用する。銃火器や弾薬製造技術が「ロストテクノロジー」と化した世界で、今も使い続けられる実用品。

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