古参と呼ばれる僕ら
いつものように感染症確認を終え、消毒を済ませてコミュニティに入ると、珍しくマリーが待っていた。
「ジニアさ、おかえり」
「あぁ、マリーもお疲れ様」
当時、気軽に話しかけていた僕とは違い、ジニアは昔から上の立場だ。トップとしての威厳と、ジニアへの尊敬の間で葛藤して“さん”付けしそうになるのが、マリーの変わらないところだ。
「帰ってきてすぐで悪いが、古参を集めたい」
「分かった。サルビアはもうすぐ帰ってくるし、キキョウはすぐ呼べるよ」
「よし、いつもの場所で集まろう」
ジニアとマリーは先に向かい、僕はもうすぐ戻るサルビアを待つ。
横でタネがぼーっと空を見ている。
「初めて同族と話した感想は?」
「怖かった」
珍しくタネがモジモジしている。
「勝てない」
「そういうことか」
南の旧市街に出ていた電車が帰ってくる。人が次々と降りる中、最後に背中を丸めてだるそうに降りてくるのは、古参のサルビアだ。
「んぁ……ベェじゃん、どしたの」
「古参で集まる。疲れてるとこ悪いけど来てくれ」
「えー……」
嫌そうな顔をするが、連れて行く。
コミュニティ市場を少し進んだ先の、やけに綺麗な建物。窓も磨かれ、掃除も行き届いている。ここはコミュニティ唯一のレストラン「ハナ」。人が集う憩いの場所として一定の需要がある。
中へ入ると、マリー、ジニア、キキョウが先に座っていた。
「ベゴニアさん、お久しぶりです」
「キキョウも久しぶり。何してた?」
「南の方で少し調査を」
女性陣の会話が弾む。
「マリー、また背伸びた?」
「え、そうかな?」
「うん、大人って感じ」
そこへ飲み物を持ってアジサイが出てくる。以前は回収員だったが、今は「ハナ」の店主だ。久しぶりに会うと、見慣れぬ髭が生えていた。そもそも男だったのか。
「皆さんお久しぶり。元気そうで良かった」
挨拶を終えると、ジニアが水を飲んで向き直る。
「さて、こうして顔を揃えるのは久しぶりだが――」
タネを紹介し、嵐のこと、ケラ喰い、奥地から来る虫の話を伝える。
「西のコミュニティと定期連絡を取っていたけれど、最近返事がない。近いうちに調査したい」
マリーの声は深刻だった。
「南は特に問題ないなぁ、虫も適当に潰してるし」
サルビアが椅子を揺らしながら答える。
「ヤバい虫もいないのか?」
「うん。可愛い子も居ないよー」
「…可愛い?」
「その子の事だよ」
指をさされているタネは料理を無心で食べている。
「美味しい?」
「うん」
「ケラとどっちが美味しい?」
「ケラ」
キッチンのアジサイが少し不満そうにこちらを見る。
「えー、あれ美味しいかな?」
「…まるで食べたことのある言い方だ」
「うん。食べれなくはないけど、美味しくはないなぁ」
「さて、本題だ」
ジニアの声で空気が引き締まる。
「南の旧市街からは一旦手を引き、東を中心に活動したい。放置すれば虫の生息域が広がる可能性が高い」
サルビアがすぐ反応する。
「いいね!虫だらけなら面白そう」
「ケラ喰いは厄介ですね。まだ何者かもわからない」
「だから、これからは旧市街探索を古参中心の分隊式で進めたい」
サルビアはまた顔をしかめる。
「えー、面倒じゃん」
「それを面倒と思わないほど全員が強くなるべきだ」
「…そうだね、それは大事だと思う」
マリーが静かに肯定すると、サルビアは黙った。トップとして皆の前に立っているマリーの言葉は好き勝手外に出ている僕らには重い。
「これから回収員は東旧市街に絞りつつ、全体の能力向上を目指して物資を集めます。異論は?」
「問題ない」
「いーよー、東は久しぶりだな」
「僕も構いません」
「賛成だ」
皆の同意に、マリーが小さく息を吐いた。
解散後もタネは料理を食べ続けていた。食器を片付けながら、アジサイが近づく。
「二年って、あっという間で色々ありましたね」
「そうだな。アジサイが髭なのは未だに慣れないけど」
髭を触りながらアジサイが笑う。
「嫁の好みでね。ベゴニアくんも子供ができたみたいで新鮮だ。ハヅキさんは元気?」
「あぁ、たまに会うよ。仕事仲間だからな」
「それは良かった。君も身体を大事に」
タネの食費で久々に財布が軽くなる。
だがたまには、コミュニティの経済を回すのも悪くない。
「物語の舞台」
本国は横に細長い形の島国だ。現在国として機能して居ないので名前が無い。
人々はただ「東の旧市街」「南の旧市街」「西の旧市街」と呼んでいる。
ベゴニアたちは、山が多い東の中央部にある小さな集まりを拠点にしている。
彼らが行う「回収」という仕事は、瓦礫の中から残された物資を集め、人々へ繋ぐためのものだが、今もその仕事を続けられているのは、確認できる限り彼らだけである。




