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終末都市の塵芥  作者: Anzsake
ベゴニア:ヘンカン/ちっぽけな僕ら
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ヒャクニチソウ

工業地帯の貨物列車へ戻ると、電車の屋根にリズとジニアが座っていた。朝焼けに溶ける影の中で、リズは小さく肩を揺らしていた。


こちらに気づいたジニアが軽く手を振り、そのまま飛び降りてくる。


「生きていたか。こっちも多少負傷は出たが、大丈夫だ」


「置いていってごめん」


「適切な判断だ。気にしていない」


その言葉を待っていたように、カリンが駆け寄り、リズを強く抱きしめる。普段ほとんど声を出さないリズが、カリンの肩に顔を埋めて声を上げて泣いた。細い腕が必死にカリンの服を掴んで離さない。


リズの泣き声が少しずつ小さくなるのを感じながら、僕は近づくタイミングを迷っていた。


その時、後ろからついてきたユユに気づいたジニアが即座に空気銃を構え発砲する。ユユはしっぽを振ってペレットを弾き落とした。


「…どっちだ」


「私は別にあんたらの仲間じゃないけど」


「でも戦う理由もない」


数秒の沈黙の後、ジニアは銃を下ろし、ユユもしっぽを下ろした。


「…ベゴニアはこいつらに懐かれる体質なのか?」


「別に、この男に懐いてるわけじゃない」


言いながらユユがこちらを一瞥する。その目に敵意は無く、ただ面倒そうな光があるだけだった。


ジニアは状況把握が早い。外縁15km調査を成功させたのも、こいつの冷徹な判断力のおかげだ。今もその判断力で、奥地調査を継続できている。


「他の回収員は?」


「線路を辿らせた。電車に着いているはずだ」


「…死人は」


「居ない。負傷者は居る。早く帰ろう」


リズがようやく顔を上げる。目が赤く腫れているが、こちらを見て小さく頷いた。よく見ると腕に擦り傷があり、泥で服が汚れている。

怖かったのだろう。リズは静かに涙を拭く。




電車が来る。減っていた人数分、戻ってきた顔が増えていた。腕の無い者、包帯を巻く者。生きて戻っただけで充分だ。貨物列車を後ろに繋げて乗り込む。


「ツユクサに会ったよ」


「そうだな、意外だった」


「殺した」


「ジャケットを脱いだ者は回収員では無い。同じ立場なら俺も殺した」


憎たらしい奴だったが、それでも仲間だった。罪悪感が胸の奥を鈍く突く。


ユユと別れ、電車が動き出す。朝日が登り始めるが、虫とは遭遇しなかった。ケラ喰いが2体いるからだろう。ジニアは負傷者の介抱を続けている。


「…あの人、古参なんですよね?」


珍しく隣でシライシが起きていた。


「ああ、今奥の方はあいつがいちばん詳しい」


「昔からあんな堅物なんですか?昔の上司みたいで、なんだか苦手です」


「随分と良い上司だな。まだ生きてるか?」




**


トラックをゆっくり進めながら旧市街を行く。虫が寄ってくるが、僕、ツユクサ、サルビアが空気銃やクロスボウで堕とす。


「なぁチビ、今何匹落とした?」


「さぁ、数えてるの?」


「もちろん、クソ暇だからな。サルは?」


「うーんと……」


サルビアは指を折って数えながら、近くにいた虫をクロスボウで撃つ。弾ける矢が虫の頭を抉る。


「あ、わかんなくなっちゃった」


「アホはこれだから困る」


ビルの隙間を縫って進むと、空気がまた変わる。胞子が多い。遠くに見える虫の形も違う。


「…外縁15kmだ。一度調査しよっか」


ヒマワリがトラックから降りる。それに続いてジニア、キキョウ、アジサイが降りてくる。


「マリーはどう?」


「問題ない。腹部の傷も塞がりつつある」


キキョウはマリーを診ていた。特攻調査を続けるにはキキョウの知識と腕が必要だ。

アジサイは相変わらず表情が読めず、必要以上に自我を出さないが、場を支えてくれる。


「随分胞子が多いな。フィルタの劣化も早いし、あと2kmが限度だな」


ヒマワリは旧市街調査を提案し、実行に移したリーダーだ。

彼女に惹かれて、僕たち馬鹿野郎はここまで来た。


「周囲で使える物資が無いか探そっか。3人とも休憩してて、あたしとジニアとアジサイで行くよ」


「助かる。病人の監視は大事な仕事だもんな」


「まぁね、口の悪いやつには無理だし」


ツユクサの軽口をキキョウが軽く受け流す。疲れたのは事実だ。

トラックの荷台で一息つくと、横になっていたマリーがこちらを見ていた。


「ごめんなさい…私が足を引っ張って」


「全くだ。早く治して俺の分まで働けよ」


ツユクサは椅子に座ったままウトウトしている。


「…気を使ってくれてるんだ。今は治療に専念だよ」


「…はい」


**


隣にジニアが座る。怪我人の処置が終わったらしい。


「あの手の多い生き物、どうするんだ?」


「タネ?どうって……マリーは観察目的で僕に付けてるだけだが」


「10km地点で同じ個体を見たと言ったな。最近、虫の変化が見られる」


「変化?」


「今まで見なかった個体が増えている。15km地点で見た虫も確認した。これまで安全だった地域も、これからはそうじゃなくなる」


デカ虫のことだろうか。確かにあれは初めて見た。


「今の回収員も悪くはないが、これからに備えて質は上げる必要がある。人は貴重な資源だ」


「でも、回収は止められない。どうするんだ?」


「古参を中心に少人数のグループを編成し、虫を倒して経験を積ませながら回収を続ける。これからはそれしかない」


安全圏を歩く時代は終わりつつあるのだろう。僕もそれはわかっていた。


「ツユクサ、残しておくべきだったかな」


「アイツは人の教育には向かない」


「……ごもっとも」

「古参」


・ベゴニアの日記より


回収員の前身は、ただの8人の小さな集まりだった。

外に出て物資を拾い、戻って街に渡すだけの、名もない活動だった。


それでも「街にもう一度花を咲かせよう」。

そう言ったヒマワリの言葉があったから、帰ってきてはまた出ていく日々を続けられた。


あの8人は今、5人になった。

ベゴニア、マリーゴールド、ジニア、サルビア、キキョウ。


外は厳しく、危険ばかりだけれど、それでも街に花を咲かせるために、今日もまた出ていく。それが、古参と呼ばれる僕たちの仕事だ。

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