プロローグ:生活の果て
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『…ありがとう』
それが最期の言葉だった。酷くやせ細った骸骨みたいな顔が、隈が酷い目を閉じた。
その首に、大きく斧を振り下ろした。
褒められる事をしたんだ。そう自分に言い聞かせる。
これで72人目。
まさか最期が破傷風とは、こいつも予想してなかっただろう。僕もそうだ。まさか最後の1人になるなんて思ってなかった。
腰を上げて斧を捨てる。何も無い空を見た。街灯のほとんど無いこの村の星空が好きで、ここに引っ越したんだ。
静かな音を立てる焚き火に死体を入れる。もう横で悲しむ人は誰もいない。
やっと、肩の荷が降りたような気がした。それと一緒に、大事なものも火の中に落ちた。
こぼれた雫は、この火を消すには少なすぎる。
黒くなっていく死体をボーッと眺める。何時からゾンビは見なくなっただろう。
村の入口に張ったバリケードも、溜め込んだ食料も、もう必要ない。
これから何をすればいいだろう。ずっと、村の人の為に駆け回った。
必死で守った。その結果がこれだ。
生き残った人は、どれくらい居るんだろう。ラジオもネットも随分音沙汰無しだ。
それでも、この村から出る気は無かった。死に場所はここだと、決めていたつもりだ。
小さな自分の小屋のドアを開けて、机の上に置きっぱなしのノートとペンを取る。
もうすっかり寒い夜空の下で、焚き火の前に座って書き出した。
野菜の育て方、動物の痕跡、火の起こし方。生活の果てに残った全てを、そこに書き連ねた。
いつか、ここでこれを手に取った誰かが役に立てるように。それしかやることがない。
静かに閉じたノートの裏に、自分の名前があった。もう誰にも呼ばれない。もう名乗る事も無いその名前を、ペンで塗りつぶした。




