続 わたしの少女漫画家さん
『わたしの少女漫画家さん』の続きです。
「けれどですね、どうしてこの原稿がボツなんですか」
改めて開戦、とばかりにヒワは身を乗り出してそう問う。
「全部ボツじゃないですよ」
ヒワに村西は原稿の中から二、三枚取り出す。
「このシーン、描き直してください」
取り出された原稿は、あられのない裸の男性二人の絡みのシーン。正しく『そのシーン』とばかりのその原稿は、ヒワが一番苦労したものだった。
「どうしてですか」
「絡みが甘い」
またも端的に返される村西の言葉に、今度は噛み付けない。ヒワは自分の描いた原稿をしばし眺め、口を開きかけたがそのまま、深い溜息を吐いた。
「よりリアルに。より性欲的に」
折角留めたヒワの質問を感知したのか、村西は的確に助言する。より性欲的って何だよ。ヒワは心の中で突っ込みながらも、もうすでに氷の溶けた温くなったコップの水を飲んだ。
「資料を山ほどお持ちしたでしょう?」
ボーイズラブ漫画を描くと村西に押し切られたとき、彼はボーイズラブ関連の漫画から同性愛雑誌に映画、それこそアダルトビデオまでも持ってきてくれた。おかげで、たまに上京してくる両親には仕事部屋は見せられないくらいに。
「……ええ、分かってます。でも、自分が経験したことがないことを絵に起こすのは難しいんです。アタシは自分の体験を元に話を広げていくタイプの漫画家ですから……」
村西は顎に手を当てて、ふうむ、と唸る。
「それはヒワ先生が女性である限り、難しい話ですね」
「……ですよね」
参ったな、こりゃ。ヒワはたはは、とかわいた笑顔でもう一度コップに口を付ける。
「でも男の躰の描写なら」
村西の言葉に、ごぼっと飲みかけていた水を吐き出す。
「お、男のって……っ」
焦ったようにそう云うヒワを、不思議そうに村西は見返してくる。その、当然、みたいな視線が非常に居た堪れない。何と云い出そうか、と迷っているうちに、村西は小さく、あ、と声を上げた。
「あ……はい、まぁそうなんです」
恥ずかしさで顔から火が出そうだ。ヒワは何故自分が未体験だということを、こんな真夜中のファミレスで告げなければならないのか、この状況を呪う。しかも、この感情が見えない能面担当者に暴露してしまうとは……。
真夜中だというのにきっちりスーツを着て、髪もソフト七三に整えて颯爽とこの不似合いな場所に毎度現れる村西は、ヒワにとっては少し劣等感を覚える対象だ。
一方、ヒワはヘビーローテーションのジーンズに、原稿汚れの付いたままのトレーナー。それから寝癖さえ直せない天パの髪を詰め込んだニット帽。いつも一応は女なのだからどうにかしたいと思うのだけれど、毎回原稿はぎりぎりで時間もぎりぎり。ついでに、精神状態もぎりぎり。しかもこの数年は漫画ばかり描いていて彼氏を作る暇さえないし、昔から奥手な困った性格は大人への階段を上がる途中で座り込んでしまっている状態。けれどもそこを突かれると一丁前に、恥ずかしい、とも思うのだから、さらに劣等感の塊だったり。
「そうなんですか、なるほど」
マフラーの中に顔を埋めて、泣きそうになっていたヒワをよそに、村西は納得したように頷いた。
「では、そのことは私と追々どうにかしていきましょう」
「――へ?」
ぼんやりと問い返す少女漫画家に、担当は七三を崩しながら片眉を上げて不敵な笑みを返した。
少女漫画家さんのヒワさん(女)と、担当の村西さん(男)。
村西さん、ちゃくちゃくと何か狙っております。わーるい男だぁ。
お読みいただきありがとうございました。