表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ちょっと待って!あなたも前世の記憶持ち…だと?

作者: ヘチマチ




「君を愛することはない。好きにして良いから私のことは構うな」


嫁いだ初日の夜、夫となった人にそう言われた。夫には恋人がおり彼女はこの屋敷に野菜を届ける農家の娘だった。


親を亡くし若くして公爵家の当主となった夫は王命により隣国の貴族の娘である私と結婚した。私の実家はこの国の公爵家に比べると身分は低いけれど国一番の、いや近隣国の中でも一番の実業家かつ資産家であり、その恩恵を受けたいこの国の王家によって組まれた縁談だった。


きっと私の実家が栄えているのは私の力に()るところが大きいと考えたのだろう。実際に私が物心付いてから実家は潤い出したしその解釈は間違っていない。


私には前世の記憶があった。前世はこの世界よりもずっと文明が栄えていて様々な食文化や便利な物があった。その記憶を元にこの世界で作れそうな物を両親に提案した結果、我が家が発売したチョコレートとカレーは国内外で爆発的な人気となり一大財産を築いた。その他にも今までにない商品の数々を流通させ今や他国も羨やむ資産家となっている。


国同士の友好のため隣国に嫁げと言われた時、両親は悲しんでくれた。それは私がいなければこの先新しい商品が開発されないと嘆いたからではない。純粋に娘が遠くへ嫁ぐことを心配してくれたのだ。なぜかって?それは私の弟にも前世の記憶があり、さらにお金になる商品の提案は弟の方が得意だったからだ。父の帰りが遅くなったある日、心配をする母に対してまだ小さかった弟が

「スマフォーンで連絡できないの?」

と聞いた時は驚いた。

「ちょっと待って!あなたも前世の記憶持ち…なの?」

と仲間がいたことを喜んだものだ。


前世の私は田舎に住む養鶏(ようけい)農家の娘だった。日々享受してきた食文化や文明のことは覚えていても、それがどうやって作られているか知っているものは少ない。私がいちからちゃんと理解していた物の多くは食べ物に限られており、もちろん一定の利益は上げたものの真似しやすい分野だったことからそのシェアは年々減少していた。一方の弟はエンジニアだったらしく私にはさっぱり理解できない便利な物を次々と開発していた。それはこの世界の人々には仕組みが理解しづらいものであり、なかなか真似出来ないことから市場は独占状態で将来に渡って利益を上げるであろう分野だった。


というわけでホイホイと嫁いできたものの鮮烈な歓迎を受けた私は早速好きなことをすることにした。養鶏である。公爵家の執事に手配をお願いすると彼は訝しげな顔をしたものの「ケージ飼いですか?平飼(ひらが)いですか?もしくは他の形態で?」と尋ねてきた。


この男、デキる!


「ケージ飼いから始めるわ。ゆくゆくは平飼いにしたいの。規模を大きくする予定はないけれど大変な仕事だから人を雇ってちょうだい。はじめは私が指導します」


前世の実家では平飼いをしていた。番犬のマロンと一緒に土を(ついば)んでいる鶏たちの様子を飽きずに見ていたっけ。一羽だけ孵化から育てた子にピィ子と名付けて可愛がっていたなぁ。結局ピィ子はそんなに懐かなかったけれどマロンは私のことが大好きで纏わりついていた。

私が遠い前世の記憶を遡っていると執事は真面目な顔をして言った。


「分かりました。優秀な番犬も探しておきましょう」


この男、本当にデキる!


-----


養鶏の準備を任せている間、私は趣味の料理に勤しむことにした。これには公爵家の料理人たちが興味津々で見学させて欲しいとやってくる。私の国ではカレーやチョコレートは珍しい食べ物ではなくなっていたが、この国ではまだまだ珍しいのだろう。皆の期待に応えて今日はカレーと唐揚げを作りましょう!


作ると言っても一から作るわけではない。私が嫁いでくる前に弟と共同で開発したレトルトのチキンカレーと、温めるだけの唐揚げにする。お米を炊くのは他の人に任せて、私はただお湯を沸かしてチキンカレーが入ったパウチを温めるだけ。既に衣が付いていて一度揚げてある唐揚げは、もう一度揚げて完成。


料理人たちはあっという間に出来た料理に感心している。


「材料は何なのですか?」


と料理人の一人が尋ねる。確かにカレーはルーで具材が見えにくいし唐揚げも衣で中が見えない。


「味見なさる?」


興味津々な彼らに私が味見を勧める。しかし


「いえ!奥様より先にいただくなど恐れ多いことです!」


と言って辞退してしまった。あら残念。私は気にしないのに。


「そう。では沢山作りますから後で貴方たちも食べてみてちょうだい。答え合わせはまた明日」


私の言葉に料理人たちは目をキラキラさせて頷く。材料や調味料当てゲーム、料理が好きな人ならワクワクするわよね。


お米を炊くのに時間がかかったようで少し遅くなったが今日の夕食を一人でいただく。


夫は恋人と食事をとるので、私はいつも時間をずらして一人で食べている。すると執事がやってきた。一人で食事をとろうとしている私を見て申し訳なさそうな顔をする。


「奥様、私がこのようなことを言うのはどうかと思いますが奥様にこのような我慢を強いてしまい申し訳ありません。私は旦那様に仕える身。()()()()()()()()()()()()と常々思っています。しかし本能のまま恋人に(うつつ)を抜かす旦那様を見ていると本当にこれで良いのかと自問自答する日々です」


執事は本当に申し訳なさそうに頭を下げる。まるで叱られた犬のようだ。


「私は気にしておりません。好きにさせていただいていますし満足していますわ」


実際に祖国にいる時は私の財産目当ての男にしつこく言い寄られ辟易(へきえき)していたし、事業で忙しく養鶏や料理をする暇もなかった。それはそれで楽しい毎日だったがこの国に来てからは今のところ何かを期待されるでもなく本当に自由にのびのびさせてもらっている。


もちろんこの国は私から得られる利益を望んでいるのだろうから、弟と共同開発したレトルトカレーと温めるだけ惣菜シリーズは私にその権利が与えられている。弟は「姉様、この権利が結婚祝いだよ」と言ってくれたし律儀に契約書まで交わしてくれた。これを公爵家としてさらにブラッシュアップし商品化すればきっと納得してもらえるだろう。


執事が退席して私が食事を取り始めると夫と恋人が夕飯を食べにやってきた。今日はいつもより食べるのが遅くなってしまったから時間が被ってしまったのだろう。相変わらずイチャイチャして夫は恋人に熱い視線を注いでおり私に気が付かない。聞くところによると夫は恋人に対して「君を食べてしまいたくなるほど愛おしい」と(のたま)っているようなのでベタ惚れなのだろう。恋人の女性をチラリと見る。思ったより…地味だ。


『公爵家の当主が夢中になるなんてどんな可憐な娘さんなんだろうと思っていたけれど…随分芋くさ…いえ、失礼ね。よく見ると確かに愛らしい方だわ』


なかなかこちらに気がつく様子のない二人に私は声をかける。


「旦那様、夕飯の時間が遅くなってしまって申し訳ありません」


「ああ君か…っておい!ちょっと待て!それは何だ!もしかして、いやもしかしなくても肉か!?鶏肉か!?」


私の料理を見て驚愕の表情を浮かべる夫。結構離れた位置からよく見えるなぁと感心していると夫は憤怒の表情でこちらにやってくると夕飯の入った皿をひっくり返してしまった。


「「きゃあ!」」


夫の恋人も驚いた様で私と一緒に悲鳴をあげる。何て勿体無(もったいな)いことをしてくれるのだ!沸々と怒りが湧いてくる。これは言い返さなくてはと夫を見ると、彼は青い顔をしてプルプルしていた。怒りながらも怯えているようだ。


「なんて(おぞ)ましいものを食べているんだ君は!信じられない!俺の前にそのような物を晒すな!!」


そう言うと彼は見たくもないと顔を背ける。その身体は依然、怯えたように震えている。


『鶏肉が苦手だったのかしら…』


前世で私が好きだった人も鶏肉が苦手だったから何だか懐かしい気持ちだ。彼は猟犬を育成する一家の息子で同じ町に住んでいて仲が良かった。しかし私の家に遊びに来た時に鶏をシメる様子を見てしまった彼はそれから一切鶏肉を受け付けなくなってしまった。鶏と接するのは平気なのに肉になってしまうと顔を青くして拒んでいた。現世の夫もそう言った経験があるのだろうか。


食べ物を粗末にされたことは許せないが夫の怯え方が尋常ではなかったため一先ず謝る。


「申し訳ありません…」


夫は少し冷静さを取り戻したのか

「いや…大声を出してすまない。私は一旦部屋に戻らせてもらう。さぁ君も」


夫は気分が悪くなったのか部屋に戻ると言う。夫が恋人をエスコートしようとすると彼女は何を思ったのかひっくり返された料理の側に駆け寄った。


「もったいないですぅ〜!」


そう言うと手でお皿に料理を戻そうとする。これには私のみならず夫もビックリしたようで固まってしまった。唐揚げはまだしも落ちたカレーを手で!?さらにはカレーが付いた指をペロッと舐め、唐揚げは一口だけパクッと食べてしまった。


「何をしているんだ!!!」


夫はまた青い顔で絶叫する。


「だって勿体無いですよぉ。あまりスパイスの効いたものは好みませんけど、こちらの揚げ物は捨てずに土に(かえ)しましょうよ〜。残飯(ざんぱん)は大好物です〜」


土に還すという発想は流石、農家の娘…なのか分からないが私と夫は同じことを思ったようだ。


「残飯が大好物…だと?」

「残飯が大好物…ですって?」


どういう生活をしているのだろう。まさか家で虐げられているのか?だからわざわざ公爵家で夕飯をとるのか?色々な考えが私の頭をぐるぐるとまわる。


結局騒ぎを聞きつけた使用人たちによって夫がひっくり返した料理は回収され私は料理人から分けてもらった夕食を自室でいただいた。


部屋に帰ってからも夫の暴挙よりも夫の恋人である彼女のことが心配になってしまった。今度会ったら優しくしよう…。


夕食を食べ終わった私は、そういえばと弟の言葉を思い出す。


「姉様、知ってる?()()()()んだ。お互いに前世の記憶がなかったとしても前世で運命の人だった者同志はビビビッと感じるものがあるらしいよ」


前世での運命の人か…。好きだった彼だったらいいなぁと思いながら遠い記憶を探る。彼と私は確かに想い合っていた。しかしある事件をきっかけに私たちは別々の道を歩むことになってしまったのだ。


あれは鶏のピィ子が大きくなってからのこと。マロンと私は木陰で水を飲んで休憩していた。彼の家は猟犬を育てていたがペットというよりは父の仕事仲間という感じだったため彼はいつも自分の犬が欲しいと言っていた。そしてその日、猟犬としての適性が無かった犬のプータを譲り受けた彼は早く私に見せようとリードなしで連れてきた。彼よりも速くハッハッと走ってきたプータは鶏を見るや否や鶏たちを襲い出した。プータとしては遊んでいるだけなのかもしれないが鶏にとってはたまったものではない。すぐにマロンが駆け出してプータを追い出したが鶏が五羽やられてしまった。そしてその中にはピィ子もいた。ピィ子は首を噛まれて死んでしまったのだ。


父親同士の話し合いで表面上はその場が収められたものの、それから私と彼の関係はギクシャクしてしまい親の反対もあって結婚には至らなかった。それから私も彼も独り身のまま過ごした。


今世で彼ともう一度会えたら…そんなことを考えながらその日は眠りについた。


-----


数日後、商人を招いて今後行う予定の平飼いのための金網(かなあみ)の目の細かさや土づくりの話をサンプル品を触りながら相談していると、執事が慌てた様子でやってきた。


「奥様!急な来訪者がありまして!普通であればアポイントを取るよう申して出直していただくのですが…」


ということは普通ではない、出直してもらうことも出来ないような人が来ているということか。しかし今は汚れているし直ぐに会うわけにはいかない。


「応接間に通してちょうだい。それから旦那様がいらっしゃるのであれば対応をお願いして。それにしてもどなたなの?」


商人の方々には悪いが日を改めてもらわなければならない。彼らに謝ろうとすると執事の後ろから男の大きな声が聞こえてきた。


「探したよ俺の女神!頼むから俺と結婚してくれよ」


公爵家の執事が男を威嚇するように睨んでいる。しかし何も言えないのはこの男の身分を知っているからだろう。


「まぁ、こんなところまで追いかけてきてくださったの?迷惑だと何度言っても分かっていただけないのね。殿下ったら本当に困ったお方だわ」


この考えなしの男こそ私がずっと迷惑していた祖国の第二王子である。第一王子は大変優秀でありその婚約者も後ろ盾として申し分のない身分であるから、第一王子と違って本能のままに生きている第二王子が次代の王となる可能性は限りなく低いのだが、彼は私の家を取り込むことができれば財力で権力が勝ち取れると思っているお馬鹿さんなのだ。もちろん彼にも婚約者がいる。別の小国の貴族の娘で位は低いものの第二王子を制御できるのは彼女しかいないと言われるほどしっかりした女性らしい。会ったことはないが。


まさか人妻となった私を隣国まで追いかけてくるなんて思いもしなかった私は殿下に呆れながら、立ちすくんでいた商人たちに謝り帰っていただいた。


私に触れようとする第二王子の前に執事が立ちはだかり懸命に阻止しようとしてくれる。すると騒ぎを聞きつけた夫が慌てて駆けつけてくれた。執事がこちらへ来る前に、夫に隣国の第二王子の来訪を伝えるよう他の使用人に頼んだのだろう。本当にデキる男だ。


「私の屋敷で何をしている!」


夫は王子の顔を見るや否や王子の胸ぐらを掴んだ。彼が隣国の第二王子だと報告を受けているはずなのに夫は躊躇(ちゅうちょ)せず王子を突き飛ばす。私はこの第二王子にずっと迷惑をかけられていたから少々邪険に扱ってもお咎めなしとされていたが夫は公爵家の当主だ。今後国際問題に発展しては困る。思わず夫を止めようとすると夫は物凄い量の汗をかいていた。夫は叫ぶ。


「なんだこの男は…!一目見ただけで身の毛がよだつほど嫌悪感が溢れてくる!」


修羅場と化した庭でどう収めれば良いものかとオロオロしていると場違いな可愛らしい声が聞こえた。


「あ〜!奥様ぁ!うちの腐葉土(ふようど)も見てくださいよ〜。鶏さんも絶対喜ぶと思うんですぅ〜」


夫の恋人である。彼女は土砂運搬用の深型一輪車でガタゴトと土を運んでくる。土を沢山載せた一輪車は扱うのが難しいのに、この娘やるわね。私の近くまで来るとその土を手に取り笑顔で私に見せてきた。


「今それどころじゃ…いや、ちょっと待って、凄く良い土ね」


ほどよく落ち葉が分解されていているのが分かるフワフワした土だった。彼女の手の中には土と一緒に立派なミミズも顔を出している。腐葉土もミミズも鶏の好物だ。先ほどの商人たちの話の中でも彼女の家の腐葉土の品質の良さは話題になっていた。実際に見ると本当に良いものだと分かる。


「そうでしょう〜。この腐葉土は私が管理しているんですよ〜」


なんということだろう。夫の恋人はとんだヤバい娘かと思っていたが無茶苦茶デキる子のようだ。はい、採用!


夫と第二王子と執事を放置して女二人で土を弄っていると、呆然としている夫と執事をすり抜け第二王子が私の側まで寄ってきた。


「土よりこっち!女の子は宝石が好きだろ?」


そういってキラキラ光る指輪を渡そうとする。慌てて執事が王子を止めようとしているとまた別の女性が現れた。


「駄犬がこんなところにいましたわ!確保ォ!」


凛々しい女性の後に続いてやってきた屈強な男たちが第二王子を捕獲する。ねぇ、この家のセキュリティどうなっているの?


その凛々しい女性は第二王子を捕獲してから私たちに深く頭を下げる。


「我が婚約者が申し訳ありません。彼は躾し直しの途中でして。今度こそ完璧に躾けますのでお許しください」


彼女の言葉に第二王子はすっかり小さくなって縮こまっている。第二王子に首輪が付いていてその手綱を彼女が握っている、そんな想像をしてしまった。


そして第二王子の婚約者が顔を上げて私と目が合った時、ビビビッ!と来るものがあった。まさか!前世の私の運命の人なの?


「貴女様は…」


と言いかけて何と言っていいのか分からなくなる。前世で私の運命の人ですか?なんて頭がおかしい人だと思われてしまう。まごまごしていると彼女が近付いてきて私の手を取った。


「私は前世で男でした。そして貴女のことを愛していた。貴女が大切にしていた鶏を私の犬が襲ってしまったことをずっと後悔していて…ああ、会えて嬉しいわ」


ちょっと待って!彼女も前世の記憶持ち…だなんて!


「ええ、ええ、私にも前世の記憶がありますの!ピィ子のことは悲しかったですけれど私も貴方のことを愛していたの…!」


そう言って私たちは抱き合い再会を喜ぶ。すると目をキラキラさせた執事がやってきた。


「なんということでしょう!私にも前世の記憶があります」


ちょっと待って!執事も前世の記憶持ち…なの?


「まぁ!貴方はどんな人だったの?」


私は仲間に会えたような嬉しい気持ちで彼に聞く。彼は満面の笑みで答えた。


「貴女の犬です!マロンです!」


ちょっと待って!犬ぅー!?!?知らない人が聞いたらヤバい関係だと思われそうなセリフをサラッと言わないでー!


「貴女が大事にしていた鶏を守りきれず、ずっと後悔していました。ご主人様にまた会えて嬉しいです!」


ぶんぶん尻尾を振り回している幻覚が見える。執事の前世、人ではなく犬だったのね…。


すると第二王子が驚きの表情で婚約者を見た。


「なんてこった!俺だよ俺!犬のプータだよ!」


ちょっと待って!王子も前世の記憶持ち…だとォ!?


「どおりで躾がなっていないわけですわ!帰ったら飴と鞭!みっちり訓練しますわよ!」


そう言って元・私の運命の人であり現世では第二王子の婚約者である彼女は王子の耳を引っ張る。もう何がなんだか分からない。前世の記憶持ちが集まりすぎでは。


なんとなく前世の記憶を持つ人たちによって和やかな雰囲気になり解散しようと思ったら、訳のわからない茶番に我慢できなくなったのか夫が第二王子に詰め寄った。


「お前が…お前が()()()()を殺した犬かァァ!!!」


ちょっと待ってェェ!夫も前世の記憶持ち…だとォォ!?


「まさか!旦那様、ピィ子なの!?」


思わず私が叫ぶと夫は険しい顔をして言った。


「ああ!私がピィ子ちゃんだ!貴様、よくも私を…!」


なるほど夫が鶏肉に拒否反応を示す訳である。思わず納得していると夫が第二王子に殴りかかろうとしている。前世の遺恨は分かるが今世では立場が違う。お互いに王子と公爵家当主なのだ。これ以上の争いは国際問題に発展しかねない。その場に緊張が走る。すると一人だけポカンとしていた夫の恋人が全く空気を読まず大声で言った。


「あっつ〜い!一生懸命土を運んだら喉が乾きましたぁ。どなたかお水を持っていませんかぁ?」


そう言って襟元を緩めるものだから、なかなかに豊かな胸の谷間が見えそうになる。とたんに夫は恋人に釘付けになった。きっと夫の脳内では「君を食べてしまいたくなるほど愛おしい」とでも言っているのだろう。


彼女のおかげで皆の緊張は解け、それぞれに水は持っていないと首を振った。すると何を思ったのか彼女は噴水へ近付いて行くとそのまま水の中にダイブした。


「「「え゛ええェー!!!!」」」


皆の声が揃う。しかも彼女は浅い水深で、もがもがと溺れそうになっている。皆で駆け寄り服に水を含んで重たくなった彼女を協力して引き上げる。


「何をしているんだ!危ないだろう!」


思わずそう言って叱る夫に、彼女はガッフぁ!ゴッフぇ!ゴッホ!ガハァッ…アハハ〜と笑った。


「だってぇ、私、前世は()()()だったからぁ、干からびそうになったら水の中に入りたくなるんですぅ。前世もそれから記憶がなくってぇ」


ちょっと待って!彼女も前世の記憶持ち…だとォォ!?しかもミミズ!?どうりで最高の腐葉土を作るわけね!


夫の恋人がまさかの前世がミミズという話に私たちは脱力し、騒ぎを聞きつけた使用人たちが来たことにより各々解散となった。


-----


その後の私たちの話をしようと思う。

私は夫と離縁し祖国へ出戻った。レトルトカレーと温めるだけ惣菜の権利はあちらに渡してきたからあちらの国は何も言わなかった。


元夫はチキンカレーは問答無用で却下しシーフードカレーを売り出して大儲けした様子。でもその売り上げの多くは王族に吸い取られているらしい。


前世ミミズの恋人とはまだ続いているようだけれど以前のように「君を()()()()()()()()()()()()愛おしい」とは言わなくなったらしい。少し意味が違ってくるものね。


第二王子とその婚約者はここ一年ほど姿を見ていない。忽然と姿を消した二人などとゴシップ紙が取り上げていたけれどきっと躾直し中ね。王家が静観しているのがその証拠。


私はといえばなんと公爵家の執事だった彼と結婚した。夫と離縁して帰国する際に


「私も連れて行ってください、ご主人様!」


と良い笑顔で宣ったので周りにいた使用人たちから怪訝な目で見られた。優秀な執事の気が触れた…と皆が心の中で思った時、当主である元夫が真面目な顔をして


「彼は彼女の犬だった過去があってな。彼らは決して皆が思うような(やま)しい関係ではない。私が保証する」


と全然フォローになっていないフォローをしてくれたおかげで皆が私たちから距離を取ったのが見てとれた。最後に誤解されてとても悲しい。執事のも良い笑顔で「そうです!」と返事している。ちょっと可愛い。執事は笑顔のまま元夫に話しかける。


「旦那様と愛するお人の幸せを願っております。お二人とも土を食べるのが好きだからってここではやめてくださいよ?」


元夫と執事はお互いにハハハと笑っているが他の使用人たちはドン引きである。元夫なんて「私が好きだったのは土というよりミミズと腐った葉っぱだよ。特にミミズが一番だ」なんて前世ジョークを披露して笑っている。私が祖国に戻った後、使用人の辞職が相次いだのは言うまでもない。合掌。


私はちゃっかりと、前世ミミズの夫の恋人の家と契約を交わし素晴らしい腐葉土を祖国で扱っている。彼女は腐葉土に関しては天才的だが他のことはてんで駄目なので彼女の父親とやり取りをしている。なんなら私が始めた養鶏も彼女の父親が引き受けてくれた。

勝手に想像していたような彼女が実家で冷遇されている事実は無く、むしろ残念な娘に少しでも資産を残してあげようと稼ぎの大半を娘のために貯蓄しているらしい。

初めて会った時、娘が公爵の恋人として振る舞っていた非礼について詫びられた。私は全く気にしていなかったが契約で私の取り分を増やしてもらい和解することとした。


あれからというものの

「ちょっと待って!あなたも前世の記憶持ち…だと?」

と言う機会はなかった。

そうそうないことよね。


だけどもしかしたら、あなたの周りにも前世で関係があった人がいるのかもしれない。()()()()のだから。





わんちゃまは悪くない。

責任は飼い主にある。


第二王子は人間なので本人に責任がある。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ