【短編版】婚約者が病弱な妹に恋をしたので、家を出ます。私は護衛騎士と幸せになってもいいですよね
私は大きな鞄を御者に馬車から降ろして貰い、心付けを渡すと、彼はとても嬉しそうな顔になり「良い旅を!」と機嫌よく片目を瞑り去って行った。
平民は何かしてくれたお礼にこうすると以前に聞いていて、それを実践したんだけど……あれは少し、多過ぎたかもしれない。
私は家出のために出入りの商人に頼んで用意した、財布の中にある大小様々な硬貨を見て、まずは貨幣価値を掴むことから始めなければと思った。
……だって、そうしなければ、私が元々貴族であったとすぐにわかってしまう。
「ふーっ……ここまで長かったわ。まさか、三日も掛かると思わなかった。遠かったけど、ここまで来たら、見つからないでしょう」
ここは王都より遠く離れた、山奥にある小さな村。
目に優しい緑の中に華やかな色の屋根の小さな家が立ち並び、品良く調えられた庭も綺麗だ。ここは質の良い木材を出荷していて、その木材は名物でとても有名だ。
だから、村をあげての林業に携わる村人たちは裕福で、貧困に喘いでいるという訳でもない。
このお伽噺の舞台になりそうな可愛い村の中で、私は人生をやり直す。再出発をするの。
きょろきょろと周囲を見渡していた私が、物知らずな子に思えたのか、すぐ近くに居た男性が声を掛けてきた。
「お嬢さん。もし何かお困り事なら、私にお手伝い出来ることはありますか?」
「いえ……! 大丈夫です」
いかにも怪しげな誘いに思える厳つい顔をした男性からの言葉を振り切り、私は大きな荷物を持って早足で歩き始めた。
私を騙して、売り払うつもりかしら……? 絶対に騙されたりしないんだから。
何故、こんな辺鄙な村に来て、私が人生をやり直そうとしているかというと、理由は簡単。
……婚約者が、病弱で可愛い妹に恋をしたから。
私の妹二歳年下のオレリーは、幼い頃から病弱で、これでは成人は出来ないだろうと医師に告げられた。両親はそれを聞き嘆き悲しみ、私だって悲しかった。
オレリーが両親の最優先になることだって、あの子の姉として、ちゃんと我慢した。
……だって、可哀想なオレリーは、大人になれずに亡くなると宣告されている。生きている間、あの子が常に幸せであるように願っていた。
姉の私は健康な身体を持ち、少々風邪をひいたとしても、あの子のように重篤な肺炎を併発してしまうこともない。
けど、妹オレリーは違う。大事に大事に育てなければ、すぐに危篤になってしまう。
我がサラクラン伯爵家が一丸となって、必死で病弱なあの子を見守り育てた。
だから、十五歳になりあの子の病に効くという薬草を飲むようになって、だんだんと出来ることが増えていくのを私もほっと安心して喜ばしく思ったものだ。
幼い頃から決められてた私の婚約者ラザール様は、いずれ公爵家を継ぐ方で、本来であれば私なんかより地位の高い美しい令嬢と結ばれる方であったはずだ。
けれど、貴族同士の抱えるややこしい事情で彼は私の婚約者となり、それなりに仲良くしていた。
週に一度、私はラザール様と恒例のお茶会をしていた。
そして、ほんのひと月前、彼は偶然オレリーを見掛けたのだ。体調が良くなっているオレリーは、出歩くことも出来るようになり、ゆっくりとした足取りで庭を散歩していた。
私たち二人に微笑み、軽く挨拶して通り過ぎただけだ。
ただそれだけで、あの子は私の婚約者の心を奪っていった。
……別に、オレリーは悪くない。
それは知っている。あの子は性格もよく可愛いだけ。姉の私なんかよりも、とっても可愛くて清楚で男性の好みそうな容姿を持っているだけ。何も悪くない。
婚約者のラザール様だって、悪くない。
私の魅力的な妹に、恋をしただけだもの。私の前ではいつも通りでオレリーのことを好きになったことは悟らせなかったけれど、両親には密かに婚約者をオレリーに変更出来ないかと打診していたのだ。
それは難しいと断られて諦めたようだけど、たった一度見たオレリーと結婚したいとまで思ったのなら、それはそれで、オレリーの姉として喜ばしいことなのかもしれない。
姉の私はそうは理解しつつも、複雑な気持ちだった。
オレリーもラザール様のことは、好ましく思って居るようだった。「本当に格好良くて素敵なお義兄様で、お姉様の結婚式が楽しみですわ」と、頬を染めて言っていた。
いえいえ。これでは……なんだか、姉の私がまるで、相思相愛の二人の邪魔者みたい。
だから、悩みに悩んだ末に私は家を出ることにした。「この人と結婚したかった」と思っている二人に生涯挟まれて過ごすなんて、絶対に嫌だったの。
逃げるように歩き出し考えごとをしていたら、村の中心部から民家の方へ迷い込んだようで慌てた。だって、この村に住むにしても、家を探したり宿屋に何日か滞在する予定だった。
「あの、お嬢さん! どうかしたんですか?」
私は声を掛けてきてくれた若い男性の村人を見て、ほっとして息をついた。見るからに柔和な顔つきで優しそうな男性で、にこにこ感じ良く微笑んでいた。
「……あ。この村、初めてなんです。どうやら迷ってしまったようで」
良い年をした迷子であることを恥ずかしくなって私が言えば、彼はにっこり笑って言ってくれた。
「僕が案内しましょう。良かったら、行き先を教えてください」
「宿屋に行きたいんです」
「そうなんですか……その大きな荷物、重いでしょう。良かったら、持ちましょうか?」
親切な言葉に頷いて、私は彼に荷物を手渡そうとしたところで、背後から声が聞こえた。
「はいはい。楽しい家出は、そこまで。荷物渡したら、そいつは走り出しますよ。そうすれば、貴女はお金を盗まれて一文無しですよ。ミシェルお嬢様。見事に、全部外しましたね」
「……ジュスト!」
やけに楽しそうな声の方向を見ると、そこに居たのは、私専属の護衛騎士ジュスト。茶色い巻き毛に同色の垂れ目。可愛らしい顔つきで優しそうに見えるけど、実は真逆の毒舌家。
あと、私のことを揶揄って遊ぶのが、とても好き。
「チッ……!」
私が慌てて荷物を抱え込むと、これでは奪えないと諦めたのか、男性は舌打ちしてから走り去って行った。
……嘘でしょう。
ジュストの言う通りだったということ? あんなに優しそうで……とても、親切な人に見えたのに……。
「ミシェルお嬢様。最初に話しかけてくれた怖そうな男性は、この村の村長でいかにも物知らずなお嬢様を、真実心配してくれて声を掛けてくれただけです。さっきのあの男は貨幣価値最高の金貨を、惜しげもなく辻馬車の御者に与えたお嬢様を狙ってここまで追っていました」
見た目と正反対の思惑を持っていた二人の男性の行動を説明してくれたんだけど、それよりも私が驚いたことは……。
「え。嘘でしょう……もしかして、ジュスト、私のことずっと、見てたの?」
だって、村に着いてからの出来事、全部知っているみたいで……。
「ええ。王都を出てから、ずっと一緒でしたよ。机の上に置き手紙を見つけた時は驚きましたが、まさか普通に長距離用の辻馬車乗り場に居られるなんて……お嬢様の後をすぐに追った僕とて、意表を突かれましたよ。追っ手を攪乱させる逆張りの作戦ですよね。意図通り成功しております」
「余計な、そういう嫌味な評価は要らないから! もしかして、ジュスト……辻馬車の移動も、付いて来ていたの?」
この三日間、私のことずっと見て居たのかと驚きの視線で見れば、ジュストはにこにこして頷いた。
「ええ。すぐ近くに居ました。長距離の辻馬車に乗り、慣れない夜の野営も、どうにかして周囲に溶け込もうと頑張っていらしてましたね……世話役の御者には、僕の方からも謝礼を」
それなら、あの御者は、あんなにも嬉しそうな笑顔になるはずよ。肩を竦めたジュストは、腹立たしいくらい恭しい態度で、私が持っていた大きな鞄を渡せと暗に示したので、苛立たしくなりながらもそれを渡した。
ジュストに追いつかれたのなら、彼から逃げ切ることはもう無理だもの。彼がさっき言った通り、私の家出はもう終わり。
……このまま、王都の邸へと帰るしかない。
「……ジュスト。置き手紙には、探さないでくださいって書いたはずだけど?」
何故、書かれた通り、そうしてくれなかったのかと、背の高い彼を見上げつつ睨み付ければ、ジュストはにこっと微笑んだ。
「それはそれは、申し訳ありません。もしかしたら、僕に探して欲しいっていう、そういう隠喩なのかなと思ったんですけど……」
すまなそうな表情をしても、騙されない。大体ジュストは、私のことを常に揶揄って遊んでいるんだから。
「そんなこと、ある訳ないでしょ!」
言い返した私に、ジュストは声をあげて笑った。
「ははは。ミシェルお嬢様、平民の服も良く似合いますね。いえいえ。違いますね。何でも、お似合いになりますが」
「そっ……そう? ありがとう。けど、足が見えてしまうのがやはり気になるわね。皆は、気にならないのかしら」
外見は美男と言って差し支えないジュストに、着ている服を褒められれば悪い気はせず、私は素直にお礼を言った。
「ええ。目の保養になりますが、すぐに着替えていただきます。わかりますね……?」
「……わかっているわ」
私は貴族の娘で、足を夫以外の誰かに見せることなど、本来であればもってのほか。ジュストの言い聞かせるような言葉と鋭い眼差しに、私は素直に頷くしかなかった。
「どうして、家出をしたんですか?」
私たちはさきほど辿った道を引き返して歩きつつ、ジュストは何気なく聞いた。だから、私もいつものように、普通に質問に答えた。
「……ラザール様が、オレリーのことを婚約者にしたいと思っているみたいなの」
「あー……あの話ですね。ですが、結局婚約者はミシェルお嬢様のままです。先方のご両親も健康なミシェルお嬢様が良いと仰ったと言ったでしょう。それに、貴族の政略結婚に、愛なんか必要あります?」
政略結婚した貴族なんて、家を繋ぐための長子とスペアとなる次男を産んで終われば、役目はやり遂げたとばかりに、その後はお互いに愛人を作ったりすることも多い。
だから、ジュストだって、私に割り切ってそうすべきだと言っているのだ。
「愛は要るわよ! ……少なくとも、私は」
私の両親は恋愛結婚で、夜会の中で跪き、母に愛を乞うた父の話は有名だ。
そんなロマンチックな恋物語主人公二人の娘としては、出来れば愛し合った人と結婚したい。決められた婚約者だとしても、愛を育みたいと思うのだって自然なことのはずだ。
「では、ラザール様に、直接そう言えば良いでしょう」
「ラザール様は、オレリーのことが好きだもの。私のことなんて、好きではないわ」
「それは、仕方ありません。ミシェルお嬢様は、常に傍に居る僕の事が好きなので、婚約者のラザール様も面白くないでしょうね。よそ見をしても、仕方ないですね」
私は思わず立ち止まって、同じように足を止めたジュストの顔を見上げた。にこにこと感じの良い笑顔……いいえ。これに騙されてはいけない。
彼だって、さっき教えてくれたでしょう。見掛けのようなわかりやすい外見に、騙されてはいけないって。
「……そんな訳、ないでしょう」
「僕は別に良いですよ。ミシェルお嬢様が二人の男の子を産み終わり、その後で愛人にして貰って可愛がって貰っても構いませんし」
「そんな訳ないったら! いいえ……ジュストに、愛人なんて、そんなことさせられない。一体、何を言っているのかしら」
「……知っていますか。お嬢様。目は口ほどに物を言うと。僕のことが、好きなのではないですか?」
確かに私をじっと見つめる目は、口と同じことを言っているようだった。
……「貴女は幼い頃から傍に居るこのジュストが、好きではないのか」と。
「私がジュストを好きだって、今まで一度でも言ったことがあった?」
今まで一度も口にしたことがないのに、何を勘違いしているのかしら。私が睨むと、彼は嬉しそうに言った。
「ええ。言えない気持ちほど、高まるものです。それこそ、禁じられた恋は激しく燃えるでしょうね……もし、僕のことが好きでないならば、何故、僕の故郷に家出して来たんですか?」
「……それは! ジュストがこの村がすごく住みやすいって言ってたし、私の好きそうな風景だと」
「そうですね。あ。良かったら、実家見に行きます? すぐそこなんです。実家」
ジュストが曲がり角の右を指さしたので、私の心は揺れ動いた。
……ジュストのご両親、ジュストが住んでいた家……見てみたい。迷った私を見透かすように、彼は背中を優しく押したので、私は歩き出した。
「ジュストには……いつもお世話になっているから、親御さんに挨拶することは構わないわよ」
言い訳ではないわよと、私がつんとすまして言えば、ジュストは快活に笑って頷いた。
「ええ。いつも、お世話しておりますね。ミシェルお嬢様のお世話は、きっと僕でなければ無理でしょう」
「……随分と自信家なのね。だから、私は貴方のこと、好きって言ってないでしょう?」
そこまでの問題児でもないのに、何を言うのかしら。
「ああ。確かに……そういえば、好きではないとも聞いていないですね。どうなんですか?」
「……実家は何処なの?」
私が周囲を見回すと、彼は赤い屋根の家を指さした。
「あちらに……ああ。そういえば、留守かもしれません」
家の外観を見ただけでも息子のジュストには親が不在であると解るらしく、彼は手際よく古い棚の何段目かの後ろに隠されていた鍵を見つけ扉を開いた。
私を招き入れようとしたので、私は驚いた。
「え? ……勝手に入って、良いの?」
ジュストは肩を竦めて、頷いた。
「ええ。貴族の訪問のように先触れが要るなどの面倒な作法もありませんので、どうぞ……良かったら、お入りください」
「……まぁ、広いわね」
がらんとした家には、あまり生活感がなかった。けれど、最低限の生活が送れるような、生活必需品はあるようだった。
貴族の私には考えられないけれど、そんなものなのかもしれない。
「ええ……あ。ミシェルお嬢様、お着替えになります? そちらが、僕の使っていた部屋なんで、着替えに使って貰って大丈夫ですよ」
私は彼の勧めに従い、小さな部屋へと入り、これだけはと持って来ていたお気に入りのドレスに着替えることにした。
「……なんだか、物がないわね」
ジュストの部屋にも、物がなかった。
出て行ってしまった息子の部屋だから、全部片付けてしまったのかもしれない。
「ええ……そういえば、ミシェルお嬢様。僕の父親が功績を認められて、この前叙爵されたんです。息子は僕一人なので、戻ってくるようにと言われているんですが」
護衛騎士ジュストが、私の傍から居なくなる……それは、いつかはそうなるかもしれないと思って居たことだけど、思ったよりも深い喪失を感じた。
けれど、私はジュストが仕えていたことを誇れるような貴族令嬢であらねばと、自分の醜い感情には蓋をした。
「では、ここには、ご両親は住んでいないの?」
「だから、言ったではないですか。単に実家ですと。あと、母は僕が幼い頃に亡くなったので、生活不能者の父一人には育てられないと判断した親戚が、お嬢様の居るサラクラン伯爵家へと連れていきました」
これまで明かされなかったジュストの昔話に、私は驚いた。けれど、彼は護衛騎士ではなくなるのなら、私にもう気を使うこともないのかもしれない。
「……叙爵されるなんて、とても素晴らしいわね……何で、功績をあげられたの?」
王国に功績のある実業家を、下位貴族である子爵や男爵として叙爵することは、あまりないけれど、全くないことではなかった。
「長年研究者だったので、王にとある研究結果が、評価されました……あ、お嬢様。一人で、ドレスを着られます?」
私は着慣れない平民の服を、脱いだところで固まった。
持って来ていた裾の長いドレスはコルセットではないものの、背中で編み上げるようになっており、ジュストの言うとおり一人では着られない。
「……着られない……わね」
「お手伝いしましょうか?」
私と彼は主従関係で、厚い信頼あってこその関係だ。私はなんとか頭からドレスを被り、肌の見える部分が隠せたところで彼を呼んだ。
「良いわ。入って……ジュスト」
私が名前を呼ぶと彼は扉を開けて、入って来た。
「かしこまりました。ミシェルお嬢様」
「ジュストは……私がこのドレスを持って来たことも、知っていたのね」
私が邸を出た後、何もかも調べられたのかもしれないと思うと気分が悪いけど、それは私が家出したとみれば、当然のことだろう。
「ええ。ただの勘でしたが、やはりこの服だったんですね。良く似合われています」
こともなげにジュストが言ったので、私は驚いて振り向いた。
「勘だったの!?」
「……ええ。さあ、お嬢様。前を向いてください。服を着られないと、ここから出られないですよ」
ジュストはそう言ったので、私は慌てて前へと向き直った。
「ねえ。どうして、持ってきたのが、この服だと思ったの?」
「僕がこれを、お似合いだと褒めましたね。僕のことがお好きなのが、それだけでもよくわかりますよ」
「それは流石に、言い過ぎだし自信過剰よ。ジュスト」
「ああ……そうそう。先程、父が叙爵された話をしたと思うんですが、貴族となった父は、とある夜会で未亡人と恋に落ちて結婚しましてね」
「まぁ、そうなの」
嘆かわしいことだけど、大きな権力を持つ男性は、死に際に若く美しい女性をまるで買うようにして、伴侶に選ぶこともあるようだ。
だから、若い女性だけど莫大な財産と爵位を遺されることもままある。
ジュストのお父様なら中年になっても美男だろうし、きっとそんな女性の一人と恋に落ちたんだろう。
「ええ。そちらが侯爵位をお持ちの方で、僕はいずれ侯爵になります」
「そうなの……」
「だから、どうします? ミシェルお嬢様」
「え?」
「選んでください。ラザールと結婚するか、僕と結婚するか……公爵位には届きませんが、貴女に求婚出来る地位は得たので、今ならばどちらか選べますよ」
編み上げのリボンを結び終わったのか、彼はトンと背中を軽く押して離れた。
私は振り向いて、彼に何かを言うべきだ。
けど、それはあまりにも大きな人生の決断過ぎて、自然と熱くなった両頬を押さえて立ち尽くすしかなかった。
◇◆◇
「そっか……オレリーお嬢様も、喜んでくれたみたいだね。ありがとう」
お礼を言ってにこっと微笑めば、メイド服を着た可愛い彼女は顔を赤らめて去っていった。
僕は今日オレリー様のお付のメイドに、とあるお願い事をした。
……「今日は良い天気だし、せっかくだから、オレリー様に散歩を、ご提案してくれないかな?」
何か面倒な事になりそうなら、お金を渡すつもりだったけど、あの様子ではただの好意だと勘違いしてくれていそうだし大丈夫だろう。
いや、僕は何も変なことはしていない。人と人が会う機会を意図的に作ることは、犯罪でもなんでもない。
ミシェルお嬢様の婚約者ラザールは、出会った当初から僕のことが気に入らないようだった。婚約者が自分よりも自然に頼る異性など、それはそれは気に入らないことだろう。
そもそも、僕たちは一緒に居る時間が、比較にもならない。接触機会が多ければ、好印象を与える回数も違ってくる。
ミシェルが無意識に僕を優先しているように振舞ってしまうのも、それは仕方のないことだ。
あと、世間知らずの父と侯爵位持ちの未亡人と結婚させるのも、案外上手くいった。手練手管を使って成り上がった女性には、父のような学問一筋で純粋な方が可愛く思えるらしい。
この後、ラザールはきっと、一時の迷いを起こすはずだ。そして、やはり気心の知れたミシェルが良いと思い直す。
……そんなものだ。男はいつもとは違う味が、たまに食べたくなるものだ。物珍しい方へ浮気心が芽生えるなんて、良くあることだよね。
僕はあいつが迷った小さな隙を、なんなく見逃したりなんて、絶対しないけどね。
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どうも、お読み頂きありがとうございました。
もし良かったら最後に評価お願いします。
待鳥園子