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春を売る少年  作者: 凪司工房
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 病院から戻ってきた男はイヴァンを部屋に呼びつけた。執務室ではなく、男が寝泊まりしている部屋だ。三階の一番奥にそれはあり、ジェームズだけが行くことを許されていた。

 部屋に入るとジェームズが出ていき、先生と二人きりにされてしまったが、そのことよりもベッドで横になる男が随分と弱々しく、まるで本の中で見た鬼の末路のようにも思えた。だからこんな言葉を思わず口走ってしまった。


「あんた、鬼だったんだ」


 軽く咳き込んだ男は「どういう意味かな」と、それでも丁寧に質問をする。


「今日、図書室で『春を食べる鬼』という本を見つけて読んだんです。そこに出ている鬼は、春を食べていました。先生、あなたはぼくたちの春を食べてしまったんですね」


 何がおかしいのだろう。男は笑いながら噎せ、噎せながら体を震わせた。


「すまない。しかし、よくも見つけたものだな。その本は私の知人が書いたものだ」


 男は「昔話だ」として、語ってくれた。

 それはある男娼をして生計を立てていた少年の話で、ある時、彼に「君の人生を全て買おう。私についてきなさい」と言った金持ちがいたそうだ。その人物は周囲から「鬼」と呼ばれていたが、別に角が生えていた訳ではない。ごく普通の、少し金儲けが上手いだけの人間だった。彼は金儲け以外に男娼をして生きていた少年たちの保護司をやっていた。夜、街に出かけては声を掛けてくる男娼から一人を選び、自分の暮らす屋敷に連れて帰る。そこで服と食事、部屋を与え、更には仕事を与えた。もちろん彼の会社の仕事だ。

 

 やがて男にも寿命がやってきて、その人生を終えることになった。しかしその直前、彼が買った一人の少年を後継者に指名した。今でもその元少年は鬼の意思を継いで、男娼たちの保護司をしているらしい。

 

 それから十日後、先生は息を引き取った。

 

    ※


 中庭の木陰のベンチで、かつてイヴァンと呼ばれた男性は体を横たえて目を閉じていた。随分と懐かしい夢を見たものだ。それは彼にとって「春」と呼ぶべき記憶の欠片だった。


「先生、またここにいたんですか?」


 苦笑を浮かべて現れたのはブラウンという名の少年だ。くりくりとした癖の強い茶色の髪に子どもっぽい無邪気な笑顔が実に愛らしい。


「あの部屋は私には合わないんだ。そうジェフには何度も言っておいたんだが、彼はまた不機嫌かね?」

「ぼくは知りません。そもそもあの召使いさん、恐いです。それより先生、一つ質問があります」

「何かね?」

「ぼくたちから買った春はどうしたんですか?」


 男は肩を小さく揺すって笑うと、体を起こしてこう言った。


「君は良い質問をするね」


(了)

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