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un call  作者: 月団子
6/10

Part5 君にこれを

黒崎探偵事務所


とあるビルの2階にある小さな事務所。

元々学生向けの塾として使われていたため部屋数だけはあるが、摩耶は基本ソファが置いてある部屋かトイレしか使わないため、他の部屋は物置のような状態になっている。

個人経営の探偵事務所など街の人はあまり気にかけることもなく、摩耶の名前だけが独り歩きしていることもしばしば。

「摩耶さん!」


 長谷川がいつになく元気な様子で事務所の扉を開けて現れた。

 ソファに座りながら棒状の芋菓子を食べていた摩耶は驚き、いつもなら1本まるごと口に放り込むところを半分で折ってしまった。


「どしたの痩せ川」


「やだなぁ、そんな褒めても何も出ませんよーっ!」


「褒めてないけど」


 これまで摩耶が見たことないほどに興奮している長谷川。

 この奇妙な光景に摩耶は気持ち悪がり、思わず顔を歪める。


「んで何、どしたの」


「ふふーん、なんだと思います?」


「さあ」


 摩耶は長谷川の顔を見ることすらやめ、右手で持ったスマホへ視線を向けながら、折れた菓子を改めて口へ運ぶ。


「実は私……ラブレター貰っちゃいましたっ!」


「よかったね」


「その死ぬほど興味無さそうな返事やめてくれませんか?」


「いや、だって無いし……」


「あってくださいよ!」


 真顔でボリボリと音を立てながら低い声で適当に返され、長谷川はようやくツッコミを取り戻す。


「それで、なんて書いてあったの」


いざ内容を聞くとちょっと気になる摩耶。


「いや、その……自分で読み上げるの恥ずかしいので、コレ読んでください」


 そう言って長谷川はポケットから折りたたまれた紙を出し、差し出した。


「ノリノリだった癖になんでそこは恥ずかしがるの、自信満々に読み上げればいいのに」


 摩耶はスマホの画面を閉じて机の上に置き、伸ばされた長谷川の手から1枚の紙を取る。

 4つ折りにされた手紙を開くと、上部に「長谷川さんへ」と書かれていた。


「明日の放課後体育館脇に来て下さい。って、これだけ?」


 あまりの文字量の少なさに摩耶は裏面も確認するが、何も書かれていない。

 どう見ても宛名とこの1文しか書かれていないのだ。


「なんでこれがラブレターだって思ったの?」


「勘です!」


「段々あたしに似てきたね」


「だって下駄箱に入ってたんですよ? 呼び出されたんですよ? これはもうラブレターしかないでしょう!」


「わかんないよ、果たし状かも」


「逆になんで果たし状が来るんですか」


 テンションが上がったり下がったり忙しいやつだと摩耶は思う。

 しかし、小ボケに対してツッコミをしてくれる事にちょっとした快感も得ていた。


「とにかく、この手紙の差出人を一緒に考えてくださいよ!」


「やだよ、長谷川の学校の子なんて知らないし」


「そう言うと思って……」


「そりゃ言うでしょ」


「クラスメイトの名簿を持ってきました!」


「必死過ぎて気持ち悪いんだけど」


 長谷川は鞄の中から取り出した名簿をそそくさと机の上に広げる。

 そこにはクラスメイトであろう男女の名前が書き連ねられていた。

 それを適当に眺めながら摩耶はまた口からボリボリと音を立てながら菓子を貪り食う。


「えっ、これだけ?」


「そうですよ? ウチはクラス数が多いので1クラスあたりの人数はあまり……」


「じゃなくって、ホラ、写真とか」


「持ってるわけないじゃないですか。精々友達と一緒に撮った自撮りぐらいですよ」


 名前だけでどう判断しろと……と心の中で思うも、口には出さなかった。


「それでですね、私的にはこの人が怪しいなって思ってるんです」


 そう言って長谷川が名簿の上に人差し指を置いた。その指が指し示していた所には「田中 悠斗」と書かれていた。


 いや、何も浮かばないし。誰だよそいつ。

 田中さんも悠斗さんも多分世の中に腐るほど居るって。


 と、今にも声に出てしまいそうだった。


「どうですか? 探偵の目から見て」


「探偵の目でも何も見えません」


「田中君ちょくちょく話しかけてくるんですよ、僕黒板やるから長谷川さんは箒をお願いとか、長谷川さん次教室移動だけど寝てて大丈夫? とか」


「それ然るべきタイミングに話しかけてるだけだと思うけど」


「でもわざわざ寝てる女子起こします?」


「優しいんでしょ田中が」


「でもでもっ、田中君授業中にペン回し練習してて失敗続きで、何回も何回も床に落とすから先生に怒られた挙句赤ペン没収されたんですよ?」


「何やってんだ田中。他人の教室移動心配してる場合か」


 摩耶はため息をつく。


「これ暴く意味ないでしょ、どうせ明日にはわかるんだから明日まで待てばいいじゃん」


「摩耶さんは、もし自分がラブレター貰ったら気になりませんか? 翌日までそわそわしちゃいません?」


「ならない」


 段々めんどくさくなってきた摩耶はスマホを持ち、視線と意識をそちらへ向けながら適当に答える。


「摩耶さんには乙女心が足りないようですね」


「いい年して自分のことを乙女だと思ってる方が怖いっての」


 長谷川は摩耶の肩や腕をさすりはじめた。


「もう少し話に乗ってくださいよぉ」


「依頼料発生するけどそれでいいなら」


「またまたそんな冗談……」


「ヒアリング、手紙の黙読、そわそわ解消の対処法の提案、その他諸々」


「うえぇ、今回はマジで取られそう……」


 仕事モードの摩耶の声に、長谷川は思わず後退りをする。


「冗談だって。取らないから大人しく明日まで待ってみなって、体育館脇に行けば全てわかるんだから」


 摩耶は左手を長谷川の頭にポンと乗せた。


「その手、さっきまでお菓子食べてませんでした?」


「あ」


 上がりに上がっていた長谷川のテンションは一気に下がり、髪には黄色い粉が付着した挙句、頭頂部より少し後ろ辺りが油で若干テカテカしている。


「長谷川殿、これでどうかお許しを……」


 摩耶は1000円札を机の上に起き、ソファから下りて頭を下げた。

 長谷川はその1000円札を素早く取り、振り返り事務所を後にした。


 ニヤけながら。


 長谷川が居なくなってから摩耶は、申し訳無さと1000円を失ったことでで2時間凹んだ。


 いつもより上機嫌で帰宅した長谷川は真っ先にお風呂に入り、夕食を食べ、ずっとそわそわしながらスマホを眺めて夜を過ごした。

 イヤホンを付けて動画を見たり、目的もなくSNSを見ながら画面をスクロールし続けたりしていた……が、それでも胸の高鳴りは収まらず。


 もし本当に告白されるのなら、明日は顔色良くしてたいし、今日は早く寝よう。

 どんな人かな、かっこいい人だったらいいな。

 妄想をどこまでも膨らませつつ、長谷川はそのまま瞼を閉じた……。




 そして、3時間が過ぎた。


「眠気、どこ?」


 そんな独り言を呟いたときには、時計の短針は3を刺していた。

 夜更かししがちな長谷川は1時ぐらいまで起きていることが多く、彼女にとっての12時就寝はかなりの早寝だったのだ。

 突然就寝時間に変化が起きたことと、期待と妄想で頭がいっぱいだということで、脳が休むモードになりきっていないのだ。


「……ちょっと疲れたら眠れるかな」


 長谷川はベッドを下り、体操のような動きを始めた。

 うろ覚えのラジオ体操を頭に流し、腕や足をだらだらと動かした。


 これ、何?


 そう言いたい気持ちを抑え込み、静かにベッドへと戻った。


 考え過ぎなんだ、きっと。

 頭空っぽにすれば自然と……頭空っぽ?

 寝るときっていつもどうしてたっけ?

 どうやったら何も考えられなくなるんだっけ?

 ヤバい、これ寝れないやつだ、ヤバい。


 何も考えないようにと思えば思うほど、それは何も考えないようにと考えていることになり、これじゃ駄目だと同じことを何度も何度も繰り返した。


 そして、数時間が過ぎる。


「う……あ……」


 呻きながら長谷川はスマホの画面をタップし、ほとんど開いていない瞼の隙間から時間を確認する。

 そこに表示されていたのは「7:00」の数字だった。

 しかし長谷川は自分が眠りに落ちたのかが記憶にない。いつの間にか気を失い、いつの間にか時間が過ぎていたのだ。


「うぅ……」


 ゾンビのような声を出しながら這い、ゆっくりとベッドを出た。

 これでも彼女は華の女子高生である。

 顔を洗い、歯を磨き、髪を整え、朝食を食べる……ここまでしても目は覚めない。

 とにかく早く寝たいという思考が頭から離れない。

 それに洗面台の鏡で見た自分の顔色が酷く、とても学校なんて行く気にはなれなかった。

 しかし、それでも彼女は行くのだ。

 彼女の性格上、そんなことでは休むことは彼女自身が許さないからだ。そして、今日は告白をされるかもしれないからだ。


 いつもより同じ日差しに苦しみを覚えながら自転車を漕ぎ、電車に乗り、そして徒歩で学校まで行く。

 次第に消えていく眠気が、授業中に再び襲い掛かってくるとも知らずに。


 そしてついに、長谷川は常に死んだ顔をしながら全ての授業を終えた。ゾンビのような様子のせいか、いつもより話しかけられることが少なかった……が、そんなことはどうでも良かった。

今日のメインイベントを早く終わらせ、幸せな気分のまま帰宅し、速攻でベッドに入ること以外は頭にない。


 ふらふらと歩きながら体育館脇に向かうと、見覚えのある人物がいた。


「あれっ……せんせ?」


「おお、長谷川」


 本来ここはあまり人が来ないのだが、そこには何故か知っている男性教員がいた。


「何してるんです? こんなところで……」


「何って、待ってたんじゃないか。昨日下駄箱に入れておいただろう」


 その一言で長谷川の眠気は一瞬で吹き飛んだ。

 そして、頭をフル回転させて考えた。

 しかし考えても考えても、意味がわからない。


「まさか、気づかなかったか?」


「いえ、読みましたけど……え? もしかして先生が……?」


「ああ、君にこれを渡そうと思って」


 そう言って教員はポケットの中に手を入れ、何かを取り出そうとしている。


 教師と生徒と禁断の恋……!?

 んなわけないよね、いやでも、この人他の先生と比べるとまあまあ若いし、顔もタイプじゃないけど悪くはないかも……。


 パニックに陥った長谷川は脳内でひとり会議が開かれていた。しかし、そんな会議はほんの2秒ほどで終了し、教員の声に我に返る。


「ホラ、これ」


 そう言ってポケットから取り出されたのは、どこかで見た赤ペンだった。


「なんですかこれ」


「田中の赤ペンだ。本人に渡そうと思ったんだが、強く叱ってしまった分顔を合わせづらくてな。教員がこんなでは駄目だとわかってはいるんだが……頼む、今回は長谷川から渡してくれないか? 仲いいだろ?」


「え、ああ……はい。わかりました……」


 長谷川は赤ペンを受け取り、そのまま固まった。


「放課後にわざわざすまなかったな、助かったよ。それじゃ、気を付けて帰れよ」


 教員は長谷川の隣を通り過ぎ、職員室の方へと歩いて行った。

 一方長谷川は黙ったまま、しばらく赤ペンを見つめていた。


「田中……」


 一瞬地面に投げつけそうになったが、荒ぶる気持ちを抑え、赤ペンを鞄へ仕舞い、ひとりでトボトボと家路についた。

 友人は先に帰り、いつもとは違うひとりぼっちの帰り道に果てしない虚しさを感じつつ、いつもと変わらない夕方の青白い空が、なんだか今日はとても汚く見える。


「帰って寝よ」

先に書いておきますが、自分はラブレターなどもらったことはありませんのであしからず。

今回は初のギャグ回にしてみました。

頭空っぽで書いたので、頭空っぽで読めるような話になっていたら幸いです。


そしてブックマークがいつのまにか2に増えていました、本当にありがとうございます!

これからも引き続き更新し続けますので、どうか応援よろしくお願いします!

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