Part2 なんとかなるよ
山野 新
好きなもの
・スマホゲーム
・クッキー
嫌いなもの
・トマト
・見た目が気持ち悪い虫
とある中学校に通う14歳の少年。
自分には特技がないと思い込んでおり、何事にも逃げ道を探しがち。自分を変えたいと思いながらも前に踏み出すことができず、学校でもあまり目立たないポジションにいる。
あまり他人を信用することがなく、警戒心が強い。一人で何かしら抱えがち。
「いや〜案外普通の部屋だね。聡美さんから聞いた話だともっとこう、どんよりとした空気が広がってるのかと思ったよ」
結局新はそのまま摩耶を部屋に入れた。無論、嫌々である。
「……にしても、何もないね」
年頃の男の子の部屋にしては本当に何もない。
長年そこに置かれているであろう勉強机、その上に置かれている1枚のプリント、マンガや教科書など様々な書物が入れられた本棚、そして現在進行形で使われているベッド。
摩耶が部屋に入ってからというもの、新は顔を合わせることもなくソファに座ったまま項垂れている。
それもそのはず、新にとって摩耶はまだヤバい女という認識でしかないのだから。
「本当に何しに来たんですか……人に勉強を教える立場の人間のやることじゃないでしょう、アレ……」
「悪かったって、ああでもしないと開けてくれそうになかったから。というかあたし勉強教えに来たわけじゃないし。というか家庭教師じゃないし」
「この短時間で二つも嘘を!?」
摩耶が淡々と言い放ったその言葉に新はつい顔を上げてしまう。
「あー……まあね。確かにあたしが悪いんだけどさ、そのゴミを見るような目やめてくれない?」
初めはノリノリだった摩耶も、純粋な少年にここまで軽蔑されるとさすがに心が痛むらしい。
しかし摩耶も無意味に嘘を吐きここまで来たわけじゃない。本番はこれからなのだ。
「そもそも家庭教師じゃないのなら、あなたは一体何者なんですか?」
「ああそっか、まだ説明してなかった。あたしは黒崎摩耶、この街で探偵をやってる」
「探偵?」
「そ。んで君のお母さんが、息子の様子がおかしいから調査をお願いしますーって」
「……それ俺に言っていいんですか?」
「いいのいいの、というか言わなきゃあたしがなんの為に来たか説明できないし」
摩耶はヘラヘラとした態度で新に返す。
母さんはなんでこんな人を雇ったんだろう。そもそも俺の様子が変……別に普通ではと、ここまでの流れに思考が追いつかない。
新は顎に手を置き、一人で考え込む。
「つまりあたしは君の為に来たってコト。まぁ君が思ったより普通の人だったから、何すりゃいいかさっぱりわかんないけどね」
摩耶は新の左側に座り、話を続ける。
「んでどうなの? 何か悩みとかあるの?」
「……ないです」
「そっか。んじゃ帰るね」
「もう!?」
「だって調査対象に異常が何もないんだからあたしのやることだって何もないでしょ。ボランティアじゃないんだから仕事がないなら早く帰るよーあたしは。早く帰る事には自信がある」
意味不明な自信を掲げるし、家庭教師だろうと探偵だろうと、変な人であることに変わりはない……なのに何故か嫌いにはなれないと、聡美が摩耶に対して抱いている感情を新も抱き始めていた。
「……黒崎さんは中学の頃、妙な不安とかありましたか?」
ゆっくりと口を開き、新が言った。
「妙な不安?何それ」
何の脈絡もなく突然投げられた問いに、摩耶は更に問いを重ねる。
「なんと言いますか、その、このままでいいのかなとか、こんな調子でこれからやっていけるのかなとか……」
初めは聡美や新の調子を見て、訳がわからなかった。このぐらいの年頃の子が部屋に籠もることは普通だと思っているし、そういう人を摩耶は知っている。頼んでもいない家庭教師がいきなり押しかけて来れば、困惑するのだって当たり前だろう。
この子は決して母親が嫌になったとか、何か大きな悩みを抱えているとかじゃない。単に不安なだけだ。
「俺、運動も勉強も苦手で、特技はと訊かれると毎回詰まるし、来年には高校受験も控えてて……」
新から先程までの元気と勢いは無くなっていた。
きっと見えない未来と自信の無さから来る不安に押しつぶされそうになってるだけだ。
摩耶の経験上、そういう人には皆共通点がある。
「考えすぎだよ」
摩耶はそう言って、黒い髪に覆われた新の頭の上に右手をポンと乗せた。
新は何も言わず、摩耶の手を受け入れた。
「考え抜いて見えたものが良い未来でも悪い未来でも、それは単なるイメージに過ぎない。本当に未来が不安なら変えるために何かをやればいい」
数秒ほど静寂が続いた。
摩耶の言葉は新が求めている答えではなかったからだ。
「頑張っても、努力なんて報われません。才能のない俺が頑張っても、才能のある人に笑われて、バカにされて終わりです……」
「そだよ」
予想だにしない返答に新は摩耶へ視線を向ける。たった今「何かをやればいい」だなんて言った人が、それに対する否定意見を自ら肯定したのだから。
「努力に対する結果が無ければ、他人の評価なんて存在しない。大半の人は自分の目に見えるものでしか判断ができない。その裏に何があったかなんて気にしない。できなければ、できない奴が悪い……なんて言われるんだから、努力なんてやってられないよねぇ」
自分以外の誰かにそんな言葉を投げられるとは思わなかった。それも、出会ったばかりの胡散臭い探偵に。
頭に手を置かれることを許し、相手の言葉を素直に受け入れたくなるような事は人見知りの新にとって初めてのことだった。
再び視線を摩耶から外し、下を向いた。静かに垂れる髪が、丁度目元を隠す。
「だからさっ」
摩耶は両手をベッドに突き、勢い良く立ち上がる。
「気に病む必要はないよ。今の君に必要なのは他人からの評価じゃない、君自身を信じること」
「俺自身を……」
「もっとわかりやすく言ってあげようか」
摩耶は座ったままの新の前にしゃがみ、顔を見ながら笑顔で言った。
「なんとかなるよ」
それはあまりにも無責任で、けれども、安心感のある言葉だった。
「でも何もしなくても勝手に解決する、なんて思ってちゃ駄目だよ。沢山不安に駆られて、泣いて、笑って……必死に生きるんだよ。そしたら最後にはなんとかなるから」
やっぱりこの人は変な人だ。
大人のくせして、子供のような言葉を無責任に投げてくる。それなのに……何故かこの人を、言葉を信じてみたくなった。
新はふいに涙が出そうになり顔を下げる。
「ちょっと泣かないでよ!怒らせて泣かせてちゃ聡美さんのあたしを見る目がさらに冷たくなっちゃうでしょ!」
摩耶は顔の見えない新の頬を両手で覆いふにふにする。新は素早く摩耶の手を弾くが再び摩耶の手は新の頬へ。そのやり取りが何度か繰り返された後、新は摩耶の手を退かすことを諦めた。
「なんなんですかもう……」
「いやなんか面白かったからつい」
新はそれ以上何も言わなかったが、時々涙が溢れ、鳴き声が漏れていた。
「あ、そういえば」
摩耶は突然立ち上がり、新の机の上に乗っている大きなプリントを手に取った。
「これ、今週末でしょ?何に出るか知らないけど1位とってね」
そこには「体育祭」と書かれていた。
当日行われる事柄や、出場するクラスなど様々な情報が載っているものだった。
まだ顔が赤い新だったが、摩耶の発言により涙が止まり、頬を流れている水を袖で拭い顔を上げる。
「えっ、え……?」
「あ、とれなかったら依頼料金三倍ねー」
「さんば……ええ!?ちょっと、いきなり過ぎて意味がっ」
顔を上げるに留まらず、新は声を出しながら勢い良く立ち上がる。
「言ったでしょ、必死に生きろって。とりあえず目の前の目標は作った。失敗してもいいからやってみなよ」
「黒崎さん……」
摩耶は新に微笑みながら言った。
この人は変な人だけど、良い人だと……そして、どさくさに紛れて取るところはキッチリ取っていくずるい大人だと、新は思った。
気がつけば日は落ち、鮮やかなオレンジ色だった世界は次第に黒に支配されつつある。
今日はそろそろ帰ること、そして翌日また来ることを新に伝え部屋の扉を閉めようとするが「お見送りします」と言われ、静かに「ありがと」と返す。
聡美にも挨拶をすると、洗濯物を取り込んでいる中それを中断し見送ろうとするが、摩耶の方から遠慮した。
階段を下りたあとスニーカーを履き、扉を開けて玄関の外へ。
「それじゃあまた明日」
「あのっ、ありがとうございました!」
摩耶は微笑み、右手を顔の横で軽く振って見せ、扉は音を立てながらゆっくりと閉まった。
「ふう」とため息をつくと、摩耶のスマホからピロンと音が鳴る。
スカートのポケットからスマホを取り出し、画面を見ると「いおりん:汚れたカップも食べこぼしも全部綺麗に片付けました」と通知が来ていた。
返信をしようと摩耶が通知からアプリを開く前にもう一通「いおりん:今日はいつも以上に汚かったのでお給料は三倍でお願いします」と届いた。
ふっと鼻で笑ったあと、「嫌だ」とだけ返し画面を暗くした。
なんとか1週間で投稿することができました。
数ヶ月かけてPart1の5000文字程度を書き上げ、Part2は1週間で3000文字程度書きました。現状週1投稿を目指しておりますが今後同じペースで出し続けられるかわかりません、すみません。
ですがまだまだ書き続けますのでどうか応援よろしくお願いします!