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un call  作者: 月団子
2/10

Part1 どんな依頼でも

黒崎 摩耶


好きなもの

・面白いこと

・スナック菓子


嫌いなもの

・面倒くさいこと


黒崎探偵事務所の創設者。と言ってもそこで働いているのは摩耶のみ。

長谷川 伊織という女子高生をアルバイトとして雇っており、時々部屋の片付けや依頼解決の手伝いをさせている。

楽観主義者でその場のノリと勢いで問題を解決することが多い。探偵としてそれはどうなのかと思う者もいるようだが、本人にそのスタンスを変える気は無いそう。

 ガヤガヤとした商店街の一角にある小さなビルの2階にある探偵事務所。そこには一人で事務所を経営する女性がいた。

 彼女の名前は黒崎 摩耶。事務所のソファに腰掛けながら、探偵らしからぬ小洒落た秋コーデに身を包み、スマホを耳に当てている。


「パセ川? 今日デスクの片付け頼める?」


『人の苗字を乾燥させないで下さい。私、長谷川ですからっ』


 摩耶が話すと、スマホのスピーカーから勢いのある少女の声が聞こえた。

 長谷川と名乗る少女のツッコミを聞き、摩耶は嬉しそうにニヤニヤしている。


『……で、何故デスクを? 依頼に関する資料でも漁って手に負えないぐらい散らかしました?』


 話を続ける長谷川、摩耶はデスクに目を向ける。

 そこに乗っていたのはスナック菓子の粉や面積の半分ほどだけ使われくしゃくしゃになったティッシュ、乾いたココアがこびりついたティーカップなど、とても仕事と関係があるとは思えないものばかりだった。


「うん」


 摩耶は迷いのない声色で返答する。

 姿の見えない長谷川に向け、頭を軽く縦に振りながら。


『ホントのホントですね?』


「あたしが今まで嘘ついたことあった?」


『まあまああったような気がしますけど…』


 いつもと変わらぬ様子の摩耶に呆れ、長谷川は大きなため息をついた。


『……わかりました。全部片付けておきますから行ってきてください』


「ありがと、結婚しよ!」


『嫌です』


 冷えきった長谷川の声を最後に、スマホから通話が切れた音が聞こえた。

 その音が合図かのように摩耶はソファから立ち上がり、スマホをスカートのポケットに入れた。


「よし、それじゃあ行くか」


 事務所の電気を消し、扉に鍵を掛け……


「あ、部屋に鍵忘れた」


 今から閉める事務所の鍵を事務所に忘れるという失態。テーブルの上に乗った鍵を手にとって閉め、ビルの階段を降りる。

 足を動かしながら袖を捲り腕時計を見ると、時計の短針は5を指していた。


「ピッタリじゃん、我ながら完璧な時間配分」


 現在摩耶が抱える依頼は1件。

 受注日時は9月6日 14時12分。

 遡ること3時間程前、黒崎探偵事務所には1人の女性が訪れていた……。




山野(やまの)聡美(さとみ)さん、38歳、専業主婦……と」


 摩耶はソファーに座ったままスマホのメモアプリに、依頼主の情報を書いていく。

 間にテーブルを挟み、向かいのソファにその山野聡美が座っている。


「あの……余計なお世話かもしれませんが、そういうのって紙媒体に書くものじゃないんですか?」


「大半はそうなんじゃないですかね、あたしメモ帳持ち歩かないんでメモの存在ごと忘れちゃうんですよね〜、アハハ」


 摩耶の探偵らしからぬ崩した言葉遣いやヘラヘラした態度に聡美は違和感を感じていたが、それを悟られぬよう愛想笑いを返す。

 今からこの女に依頼をするのだ、初っ端から悪い印象を持つわけにはいかない、と。


「あー、つまんなかったら全然真顔でいいんで、ラフにして下さい」


 ニコニコと笑顔を見せながら、摩耶がそう言った。


「それと、依頼を聞く前に一つ忠告しておきたいことがあります」


「なんですか……?」


 突如真剣な眼差しでそう言う摩耶に、聡美は一瞬不安を覚える。


「法に触れる依頼だけはNGでお願いしますねー」


 しかし、放たれた言葉は至極真っ当なものだった。 摩耶は右手で頭をポリポリと掻いたりと、この探偵らしからぬ緩さが一部の層には人気らしく、コアなファンも存在する。

 もちろん摩耶の存在を知らない者などいくらでもいるが、「黒崎探偵事務所」と言うとこの街の者なら「ああ、あそこの」となる程の知名度はあるのだ。

 そして、聡美もそのうちの一人だった。


「で、依頼内容はなんですか?」


 自分のペースで物事を進めていく摩耶にたじろぎながらも、聡美は依頼内容を頭の中で整理しながらゆっくりと話し始めた。


「最近息子の様子がおかしくて、なんだか常に我慢してるというか、いつもそっけない態度で、隠し事をしているような……」


「それ、思春期迎えただけでは?」


「それならいいのですが……ここのところ元気がなくて、心ここにあらずといった感じで」


「思春期ですね、多分」


 弱々しい声で話す聡美に対し、摩耶は淡々と言葉を返す。

 こういう時、人は自分の考えに同調させたくなることがある。聡美はなんとなく「それは心配ですね」と摩耶に言わせたいのだ……が、摩耶に対してそんな思いは持つだけ無駄だと思ったのか、自我を抑えて話を続けた。


「息子が普段どのように過ごしているのかを調べてほしいんです」


「簡単に言いますけどねぇー、結構難しいんですよソレ。今の時代ちょっと怪しまれりゃすぐ不審者扱いですから。まぁストーキングされる当人からすりゃ不審者で当然なんですけど」


 頭を掻いたり、後ろ髪を指でくるくるさせながら口をほとんど開かずだらだらと摩耶が言う。


「ちなみに家ではどのような様子ですか?」


「それが、基本ずっと部屋に篭っていて……食事の時などは出てくるんですけど、終わったらすぐ部屋に戻っちゃって。引きこもりと言うほどではないんですが……」


「ほー、じゃあ外どころか家の中での様子すらよくわからないと、なるほどなるほど」


 人一倍早くスマホの画面をフリックさせ、聡美の言葉を書き連ねる。と言っても詳細を聞くことができなかったため、メモはほんの数秒程度で書き終えた。


「とりあえず今日の夕方、息子さんが帰ってきてからお宅にお伺いさせていただきます」


「えっ、直接家に……ですか?」


 片付けてないんだけど。しかも帰ってきてからってことは本人と直接会うってこと?探偵は忍び影から……ってイメージだったんだけど、実際は違うのかしら……。

 などと思考を巡らせ、一瞬の間に駆け巡った様々な思いを一言にまとめた質問だった。


「はい。それがあたしなりのやり方なので」


 だがそんなものは摩耶に届くはずがなく、バッサリと一言で返されてしまう。

 別に摩耶なりのやり方ということはない。ただ「なんとなく会ったほうが楽そうな気がする」というだけだったのだ。

 強いて言えば「いきあたりばったりで依頼主を振り回す」のが摩耶らしいやり方だ。

しかし、そんないい加減さでも黒崎探偵事務所が無くならずに今も存在することこそが、彼女の働きぶりを表している。


「何か質問や不満点などはありますか?無ければ依頼内容の確認を終わります」


 勿論言いたいことは色々ある。

が、ここで何を言っても無駄だと気づいている聡美は作り笑いを見せながら一言だけ返す。

「大丈夫です」と。


「では、本日の5時過ぎ頃に伺います」


 摩耶は微笑みながらそう言い、摩耶の目は聡美ではなくスマホを見ていた。

 メモを取っているように見せながら夕方の天気を確認していることなど知る由もない聡美は立ち上がり「よろしくお願いします」と頭を下げ事務所を後にした。




 そして、今に至る。

 日が傾きゆっくりと明るさを失っていく商店街はまだまだ人通りが多く、歩きタバコをしている猫背の中年男性から、手ぶらで走る小学生まで様々だ。


 スマホのメモアプリに書き残しておいた依頼人の住所は摩耶の事務所からそう遠くない場所だった。商店街から少し横道に入り、1分も歩けば余裕で辿り着く。

 この短い間にほんの少し傾いた伊達眼鏡をかけ直し、山野と書かれた表札の側にあるインターホンを押す。


「黒崎さん、こんにちは」


 玄関の扉が開き、中から挨拶をしながら聡美が現れる。摩耶はそれに対し頭を少し下げ「どうも」と一言返した。


「その服は……」


 聡美は摩耶の服装が数時間前事務所で話した時とは異なることに気づく。


「ふふん、家庭教師の黒崎です」


 姿勢を正し、にこりと微笑みながら顔の横で手を聡美に向けて振った。

 ボタンを留めずに黒のジャケットを羽織っていた先程よりも整った服装のように見える。


「息子さんがどれぐらい心を閉ざしてるかわかんないんで、とりあえず関わるキッカケが必要かなと思いましてね」


 勝手に家庭教師を雇ったという設定にすれば怪しまれることなく摩耶が接触できる、という作戦を自慢気に話す。


「そんな上手くいきますかね……?」


「もちろんです、理にかないまくってるので」


 根拠のない自信で言い包められる。

 聡美は不安を覚えながらも「どうぞ」と摩耶を家の中へと招き入れる。


「どうも、おじゃまします」


 中に入ると、右側に廊下、左側には階段があった。外から見た様子だと窓の高さが3段階に分かれており、3階建てであることが想像できた。


「どうかしました?」


「いえ、なんでも」


 やたらと家の様子を気にする摩耶に疑問を覚えるが、大した返答もなかったため探偵とはそういうものなのだろうかと自己完結した。


「そういえばまだ息子さんのお名前聞いてませんでした」


(あらた)です。山野 新」


「で、その新君はどちらに?」


「3階に新の部屋があって、基本そこから出てこないので今もそこかと」


 階段を上りながら2人の会話はテンポ良く進み、新の居場所を聞いたのは丁度2階についた頃だった。


「ではあたしはこのまま3階で新君に会ってきます。何かあれば3階に来るなり、連絡するなりしてください」


 初めは不安に思っていた聡美だったが、調査対象との対面を目前にしても表情一つ変えない摩耶にいつしか信頼を置いていた。この人なら息子の心を動かすことができるかもしれないと。


「お願いします……!」


 深々と頭を下げる聡美に、摩耶は親指を立てて見せ、階段をゆっくりと上っていく。

 3階に上がった先の短い廊下には扉が2つあり、その片方のドアプレートに「Arata」と書かれていた。

 部屋の前に立つも、中から物音は聞こえない。寝ているのだろうか、あるいはただ静かに過ごしているだけか。

 摩耶は扉を2回ノックする。


「こんにちはー。今日から新君に勉強を教えることになった家庭教師の黒崎ですー」


 普段より声を少し高くするも、家庭教師っぽさは微塵も感じ取れなかった。


「すみません、大丈夫です」


 扉の奥から声が聞こえた。

 まだ声が変わりきっていない、高くもあるが子供らしさは抜けているような。

 間違いなく新のものだと摩耶は確信するが、その新本人が扉を開ける様子はない。


「大丈夫だったら私はここにいないんですよー」


 ……摩耶の言葉に返答はない。


「ごめんって、余計なこと言ったあたしが悪かったよ」


 摩耶はヘラヘラしながら謝罪する。

 初対面の中学生相手にボロを出し、初っ端から警戒される探偵など他に居るのだろうか。


「そもそもなんで母さんは俺に家庭教師なんて……」


 部屋の中から小さな声が聞こえた。

 それが摩耶に向けられた質問なのか、それとも単なる独り言なのかはわからない。


「ここ開けてくれたら教えてあげる。ね?ホラ、だからコレ開けて欲しいなー」


 扉をコンコンと鳴らしながら言う。


「いえ、大丈夫です。本当にすみません、帰ってください……」


 摩耶が何を言おうと彼には届きそうになかった。頭をボリボリと掻き、ため息をつく。

 一応扉の取っ手に手をかけてみるが、当然鍵がかかっていて動くはずもない。


「……しゃーない。そっちがその気ならこっちにだって奥の手がある」


 すると部屋の中から初めてドタバタと音がした。ベッドに座っていた新が慌てて立ち上がり、扉に駆け寄って、手と耳を当てていた。

 嫌な予感がする、と。


ブルルッ……。


 異音が聞こえる。

 間違いなく人の声ではないが、それが何なのかまでは新にはわからなかった。

 ブルルッ……と同じ音が再び聞こえた。聞き覚えがあるような、ないような……そんな音だ。

 けれど何をしようとこの扉を開ける気はない、そう思いながら手と耳を扉から離した……その時だった。


ギュイイインッ!!


 異音は突然変質した。

 間違いない、これはチェーンソーだと新は確信する。


「ちょっと! さすがにそれは駄目でしょう!」


「え? 何? 聞こえませーん」


「聞こえませんじゃなくて、何考えてるんですか!人の家破壊する気ですか!?」


「扉で止まってられない。あたしはただ、前に進むだけだ」


 どれだけ新が訴えようと、どこで覚えたかもわからない意味不明なセリフが返ってくるだけでチェーンソーの回転音は止まない。

 このままでは頭のおかしい女によって扉が破壊されてしまう。そんなことになれば母さんに怒られる……いやそんな次元の話じゃない。この女と対面することになる。怖い。嫌だ。

 一瞬の間に様々な思考が頭を巡る。

 どのみちこの女の顔は見なければいけない、それならいっそ扉を開けてしまえば家は破壊されずに済む……かな。

 新は覚悟を決め、ゆっくりと扉を開いた。


 そこに立っていたのは、スマホを持って立っているごく普通の女性だった。

 摩耶はニヤリと笑いスマホの画面を新に向ける。そのスマホでは動画が流れており、タイトルは「チェーンソーの音」だった。


 新は考えた。こういう時自分は怒ればいいのだろうか、それとも無事でよかったと喜べばいいのだろうか、と。

ようやく出せました、Part1です。

これはプロローグを出す前に書いていたものを少し書き足して出したものなので、Part2以降は更に投稿頻度が落ちると思います。モチベと忙しさ次第ですが……。


あまり誤字脱字の確認が出来ていないのでもし見つかった場合報告をお願いします……!

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