Part13 猫ちゃんとにらめっこ
表紙的なイラストをですね、描こうと思ったんですよ。伊織と梨沙を。思ったまでは良かったんですが、あら不思議、体力も時間もありません!
というわけでそんなものはありません。今後描くかもしれませんネ。
「りーさちー、一緒にかーえろっ」
「言われなくても一緒に帰るつもりだよ」
昨日に引き続き、今日もまた誘いに来る長谷川の姿を見て、梨沙はクスッと笑う。
「今日も来る? 私ん家」
「いいの?」
「駄目だったらわざわざ言わないよ。私から声かけないとりさちーからは頼みづらいでしょ」
申し訳なさそうにする梨沙に、長谷川は笑顔でそう言った。たとえ梨沙が眠ってしまうとしても、それでも梨沙と居たかったのだ。
「いおりんは優しいね。それじゃあ、今日もお言葉に甘えさせてもらおうかな」
「私の寛大な心に感謝するのだ!」
「ふふっ、感謝いたします」
今日も同じようなやり取りをし、同じような日々を送る。それが互いの心を満たすのだ。
しかし、同じ帰路にいつもと異なる景色があった。尾を立てて警戒をする猫と、その奥に猫と数メートルほどの距離を保ちながら、睨み合いをしている女性の姿が。
「おーい、そこの丁度いいところにいる君たちー」
長谷川と梨沙に気づいたその女性に突然声をかけられ、2人は顔を見合わせる。
「いや“君たち”ってよんでるんだからかどっちもだよ。怪しい奴の対処を互いに擦り付けようとするなよ。というか怪しくないよ! 絶賛真面目にお仕事中の勤勉なお姉さんだよ!」
「猫ちゃんとにらめっこをしてお金を貰うお仕事ですか?」
「違うよ。違うけど君たちのその瞳にあたしはそう映ってるんだね。真面目に働いてるだけなのにね。辞めようかなこの仕事」
悪意なく放たれた梨沙のその言葉で女性はとてつもなく凹んだ。
「あーえっと、本当は何をされていたんですか?」
梨沙の失言を慌ててフォローする長谷川。
「捕獲だよ、猫の。そこの子が依頼主さんの飼い猫。逃げ出したから捕まえてくれっていう」
猫はまるで自分のことだよとでも言っているかのように、肉球をペロペロと舐めた。
「ただこの子警戒心が凄くてさぁ。少しでも近づこうものなら尻尾おっ立てて離れてくんだよ」
「へぇー……」
興味津々、もしかしたら捕まえられるかもと自信過剰に1歩踏み出すと、猫は何かを察知したのか長谷川の方にさっと振り向いた。
「ねっ、飼い猫とは思えぬ警戒心。だから逃げたんだろうけどさ、保護猫だって言ってたし」
2人のやりとりを聞いていた梨沙が肩にかけた鞄を隣に降ろし、ゆっくりとその場にしゃがみ込む。すると猫は今まで動かなかった梨沙が突然動いたことに驚き、警戒をする。
しかしそんな様子の猫を見つめながら、梨沙は両腕を広げた。
「おいで」
そう言って微笑みかけるが、猫が警戒を解く様子はない。それでも梨沙はそのままじっと待つ。女性と長谷川はその光景を黙って動かないまま眺める。
数秒ほど過ぎた後、猫は立てていた尾を下げ、道に隣接した駐車場へスタスタと歩いて行った。
「あっ、逃げますよ!」
「待って」
慌てて追いかけようとする長谷川を、女性が手のひらで合図をしながら止めた。
駐車している車のない駐車場の真ん中に座り、振り返って梨沙の方を不思議そうにじっと見ている。対する梨沙は、猫を見つめながら微笑み続ける。
そしてその様子を女性は動かず黙ったまま見ていた。
「何これ、どういう状況? 喋っちゃ駄目なの?」
戸惑う長谷川にお構いなしに、不思議な空気が流れ続ける。
両手を広げる女子高生と、その隣で棒立ちする女子高生、その数メートル先で今にも何かに襲いかかりそうな構えを取ったまま立つ別の女性……と、猫。
「ママー、あれ何?」
「シッ、見ちゃダメ」
「えーなんでー。猫さんもいるのにー」
駐車場を挟んで向こう側の道を、そんな会話をしながら親子が通る。
「悪い意味で近所の有名人になりませんように……」
「いおりん、あの子動いたよ」
「えっ?」
長谷川が目を話した一瞬、猫がゆっくりと1歩だけ梨沙に近づいていた。続いて、ゆっくりと2歩目、3歩目を踏み出す。
「にゃっ」
何を言っているかの考察ができないほど身近な鳴き声を発して、両手を広げた梨沙の下へ近寄り、足元に座り込んだ。
「来てくれてありがとねー、猫ちゃん」
梨沙は甘い声でそう言って、毛並みに沿って優しく背中を撫で始めた。
「りさちーすごっ! なんかすごい技!」
「良かったー、捕まらなさすぎて一生終わらないかと思った」
「なんでこの仕事やってるんですか……」
「別に普段から猫捕まえる仕事してる訳じゃないし! そういう依頼だし!」
「大声出しちゃうと、猫ちゃんまた逃げちゃいますよー?」
「はい。ごめんなさい」
「素直っ! いったい何時間この子と格闘してたんですか……」
「6」
「ご愁傷さまです……」
女性は猫を抱きかかえようとしたが梨沙から離れる様子がなかったため、やむを得ず梨沙に猫を抱いてもらい、2人を連れて依頼主の家へと向かった。
「ここだよ。本来は依頼主さんの情報は部外者に教えちゃダメなんだけど……ま、今日は仕方なしということで」
「さっきも“依頼”って言ってましたけど、お姉さんは何のお仕事してるんですか?」
「これが済んだら教える。そのときは、君たちも名前だけでも聞かせてね。名もなきJCって訳じゃないでしょ」
女性はそう言いながら、戸建てのインターホンを押した。
「あのー、先程ご依頼いただいた黒崎です。猫ちゃん見つけましたので……」
「本当ですか!? すぐ出ます!」
女性が言い終わる前に言葉を挟まれ、その後すぐにインターホンから声は届けられなくなった。
住宅街の真ん中にあるその家は特別大きいことは無いが、外壁や扉に白を基調とした装飾が施されており、高級感が漂っていた。
黒崎と名乗った女性は何も言わずそのまま立って待ち、長谷川はどんな人が出てくるのだろうと緊張で固まり、梨沙もその隣で同じように緊張していたが、その不安が猫に伝わらないよう優しく抱きかかえていた。
そして、家の扉が勢い良く開く。
「シャロン!」
中から現れた細身の男性はそう言って、猫を抱えた梨沙の元へ駆け寄った。
「ご心配なく。怪我もありませんし、捕まえようとしても必死で逃げるぐらいピンピンしてますよ」
「よかったぁ……」
黒崎がそう言うと、男性は胸をなでおろしながら安堵の表情を浮かべる。
「この子、シャロンちゃんって言うんですか?」
「はい。一応男の子なので、どちらかというとシャロン“くん”ですけどね」
「シャロン君……ふふっ、可愛い」
シャロンと顔を見合わせて笑顔を浮かべる梨沙に、男性も思わず笑みをこぼした。
「シャロンは家から逃げ出してしまうぐらいまだ人に慣れてないはずなんですが、抱っこが出来るなんて凄いですね」
「違いますっ。凄いのはシャロン君です」
「シャロンが?」
「わたし達は怖くないよ、あなたの敵じゃないよって思ってじっと待ってたら、シャロン君の方から来てくれたんです。シャロン君が、勇気を出して頑張ったんです」
「なるほど……そうだったんですね」
男性は微笑みながら、シャロンの頭を撫でた。
「うにゃう」
……あまり喜んでいる様子では無いようだ。
「ところで君たちは? その制服、中学校のものですよね?」
制服姿の梨沙と長谷川を見ながら訊く。
「待ってください、違いますから。中学生を働かせてるわけじゃないですから」
黒崎が慌てた様子で弁解をする。さっきたまたま2人が通りかかったこと、そのおかげでシャロンを捕らえられたこと、そして自身が探偵を営むこと、黒崎 摩耶という名であるということを話した。
摩耶に続いて長谷川と梨沙も名乗り、さらに男性も「立川です」と、全員が軽い自己紹介を済ませた。
「宮原さん」
「なんでしょうか?」
「もし良ければ、その子を預かってみませんか?」
「え、えぇ!?」
突然の提案に梨沙は困惑する。
「仮でシャロンと過ごしてみて、宮原さんとシャロンにとって居心地が良ければ、そのまま譲渡する……というのはどうでしょうか」
「ちょ、ちょっと待ってください。そんな急に言われても……」
「いいじゃんりさちー! シャロンが居たらお家に帰るのが楽しみになるかもよ?」
「えー、でも……」
「にゃーぅ」
歯切れが悪い梨沙。小さく鳴いたシャロンの顔を見つめる。
梨沙の頭に浮かんでいるのは、両親のことだった。この子を連れて帰ることで何が起こるか……そのことで頭がいっぱいだったのだ。
脳にこびりついた両親の罵声、トイレに逃げ込み耳を塞ぐ自分の姿、そんな場所に迎え入れてもシャロンが幸せになれるわけがない……と。
もしかすると、シャロンが家を変えてくれるかもしれない……一瞬、そんなことも思った。しかし、そんな考えはすぐに消えた。シャロンが居たって両親は変わらない、それに飼うなと言われてしまえばそれで終わりだと。
「ごめんなさい立川さん。やっぱり私じゃこの子は預かれません」
先程までとは違う、暗い表情を浮かべたまま梨沙は小さく頭を下げた。
「そんな、謝らなくても! こちらこそ、突然勝手な提案をしてしまいすみませんでした」
梨沙は抱いていたシャロンを立川に返す。
「にゃーあ……」
不満を零したかのような声を出すシャロン。
「ごめんね、ばいばい」
梨沙は静かにそう言って、立川の腕の中で小さくバタバタと暴れるシャロンの頭をゆっくりと、一度だけ撫でた。
立川は封筒に入れた報酬金を摩耶に渡し、シャロンが抜け出さない程度に抱きしめながら摩耶たちに頭を下げ、家の中へと戻って行った。
摩耶と長谷川が頭を下げる中、梨沙は1人シャロンに向けて手を振っていた。無理矢理作った歪な笑顔を浮かべながら。
「さて、今日の仕事終わりー!」
摩耶が両手を上げながら伸びをして言う。
「2人ともこの後ヒマ? ヒマなら事務所おいでよ、今にも泣き出しそうな中学生置いてけないし」
もちろん予定などない、それどころか家に帰りたくない、だからここまで着いてきている。
「ヒマはヒマですけど、私たちが行って何かあるんですか?」
「いーや、なんもないよ。ただのヒマつぶし。あたしと君たちの」
「だってさ、どうする? りさちー」
「…………」
返事がない。立ち尽くしたまま何かを見ているようで、焦点が合っていない。
「りさちー?」
「えっ? どうしたの?」
「あー、オッケー。とりあえず行こっか」
長谷川はそう言うと、梨沙の左手を優しく掴んだ。
「え? え?」
「よし決定! ここから数分もあれば行けるから、着いておいで」
「着いていくって、何処へ?」
「さあて、何処だろうねぇ……」
「いおりんも知らないの!?」
流されるまま……と言うより、手を引かれ無理矢理連れて行かれる梨沙。行き先を教えてくれないことに対ししばらく「なんでぇー」と言っていたが、次第に何も言わなくなった。
そして数分が経ち、小さなビルの前で摩耶が立ち止まり、それに合わせて長谷川と梨沙も立ち止まる。
「ここだよ」
「こんなところに探偵事務所なんてあったんですね。りさちー知ってた?」
「ううん、こっちはあんまり来ないから」
「数年前までは違ったしね」
「何だったんですか?」
「小、中学生向けの学習塾だったらしいよ。あたしがこの町に来たときにはもうテナント募集中だったけどね」
そんな話をしながら3人は事務所がある4階まで階段を上った。
「これ、毎回4階まで上ってるんですか?」
長谷川が小さく息を荒げながら言う。その隣でズボンのポケットに手を突っ込んで小さな鍵を淡々と探す摩耶。
「上らなきゃ入れないからねー」
「そりゃあそうですけど、しんどくないですか?」
「しんどい。2階に移動したい」
「私から訊いといてなんですが、結構あっさり弱音吐きますね……」
「吐き得だよ、弱音なんて」
鍵を右に回すも、扉は開かない。回す向きを間違えた。左に回し直し、開いた。
梨沙はその一連の流れを見ていたが、摩耶がちょっと大人っぽいことをカッコつけて言っているように見えたので、あえて何も言わず黙っておいた。
中に入ると廊下になっており、そのすぐ左側にある扉を開くと、向かい合ったソファとそれらに挟まれた低めのテーブル、摩耶が使うであろうデスクとチェア、本棚、アラビア数字の壁掛け時計などが置いてある部屋だった。
「そこ座っといて。すぐ戻るから」
そう言いながら摩耶は視線を一瞬ソファに向け、廊下を挟んで斜め向かいにある部屋に入った。
「どっち座る?」
「どっちでもいいんじゃないかな?」
「でもさ、こういうのドラマとかだと毎回探偵側が同じ場所に座って、依頼者側がお話ごとに変わったりしない?」
「わたし、ドラマ見ないから……」
「そういやりさちー小説派だった……。探偵ものでそういう描写とかは無かった?」
「ごめんね、探偵ものは読んだことなくて」
「あー……それじゃあ、どっちに座りたいかせーので指差そう! 私たちなら息ぴったりに合わせられる、はず!」
「ふふっ、いいよ」
「さすがりさちー、理解が早い! それじゃあ……」
長谷川が右腕を上げ、人差し指を突き立てる。それを見た梨沙も、同じようにする。
「せーのっ」
勢い良く振り下ろした2本の指は、それぞれ異なる方を差す。その様子を、オレンジジュースの入ったコップを3つ乗せたお盆を持った摩耶が後ろから見ていた。
「何してんの」
えっ、ここで終わり?と思った方へ。終わりです。
字数的にも投稿間隔的にもそろそろかなと思いまして……。というかもう既に遅いのにこれ以上遅らせられないのでひとまずはここまでで。
仕事なんてせずにずっと創作してられたら案出しも執筆も捗るのになぁ〜!と夢みたいな事をよく考えます。
あと今回は梨沙のプロフィールを後書きか前書きに書こうと思ってたのにすっかり忘れてました。
次!書きます!頑張れ記憶力!




