Part12 いおりん
こんなに早く投稿したのはいつぶりでしょうか?
いや、全然早くないんですけどね。今まで数ヶ月とか1年とか空いてたので、相対的にという話で。
そんなことより、今回は長谷川 伊織についてのお話です。彼女が何処へ行こうとしているのか、過去に何があったのか……そんなお話です。
クリスマスが過ぎて間もない師走の末頃、冬休みに入った長谷川は、午前中から左肩に鞄を掛けスマホを片手に細い川沿いの道を歩いていた。スマホに映る何かの写真に釘付けの長谷川は、道の左側を歩いていたつもりが、次第にふらふらと中央へと寄ってしまっていることにすら気づいていない。
ふと顔を上げると、こちらもふらふらと自転車を運転する白髪の男性がいた。
「すっ、すみません……」
「チッ」
間一髪のところで事故を回避するも、舌打ちをされてしまう。それに加え、一瞬睨まれたことも長谷川は見逃さなかった。
「はあ……」
ため息と共に負の感情が湧き上がるが、歩きスマホをしていた自身に非があるため、感情の行き先が無い。気を取り直して再び歩き出そうとすると、スマホから何かの通知音が鳴った。
右側にある川と道を隔てる柵に寄りかかり、スマホを見る。
画面に表示されていたのは「ごめん今日は仕事でさ」という摩耶からの通知だった。その通知をタップしトークアプリを開くと、摩耶のメッセージの上には長谷川から送信された「今日りさちーのとこ行きますけど来れそうですか?」という質問があった。摩耶からのメッセージはその質問に対する返事だ。
それに対し「わかりました、お仕事頑張ってください」と1言返すとすぐに、「頑張りませーん」と返ってきたが、長谷川はそれ以上何も送らずにスマホの画面を閉じた。
スマホを鞄に仕舞い、そのまま柵から離れ、再び歩き出す。
「りさちー、元気にしてるかな」
人通りの少ない道を歩きながら、柄にもなくつい独り言を零した長谷川は、少し昔のことを思い返していた。
「りさちー、一緒に帰ろー」
「いおりんったら、毎日誘いに来るよね」
「え、嫌だった?」
「ううん、もう今年度で中学生活も最後なのに、行動パターンは小学生のときから変わってないから面白くって」
「じゃあもう誘わないよ!」
「ふふっ、ごめんごめん」
これは今から1年半以上前、中学3年生の頃の長谷川……通称いおりんと、その親友の“宮原 梨沙″こと“りさちー″の会話だ。
2人は幼稚園の頃に出会い、それからずっと共に過ごしてきた。幼い頃は何人かのグループで遊ぶこともあったが中学に入ってからは他の者たちとは疎遠になり、2人の仲はより深まっていった。
「あー、帰りたいけど帰りたくないなー」
チラチラと梨沙の顔を見ながら長谷川が言う。
「図書室にでも行く?」
「確かに室温は暑くもなく寒くもなく限りなく完璧に近い快適さ……だけど、私本読まないし、わざわざ放課後に勉強もしたくないし、静かだから喋れないしで絶対私寝る、だからバツ」
「ふふ、今日もバツ出ちゃった」
「図書室はいつ誘われてもバツ出しちゃうかも」
「小説、面白いよ?」
「それもう100回以上は聞いた。私は長文読んでたら眠くなるから読めないの」
何度訊いてみても同じ答えを返してくる長谷川を、梨沙はクスクスと笑う。
肌を刺すような寒気が過ぎ去ってもなお残る肌寒さの中迎えた新年度……教員たちの雰囲気は突如受験モードに切り替わるが、春休みを終えたばかりの生徒たちは遠い先の話のように感じており、長谷川たちも例外ではなかった。
「今日はいおりんのお家は誰かいるの?」
「いたら帰りたくなーいなんて言わないよ、お父さんもお母さんも仕事。帰っても家に一人で退屈だから帰りたくないんだもん」
「いおりんさえ良かったら、今日もお邪魔させてもらえないかな?」
「私はいいけど、りさちーはほんとに家なんかでいいの?」
「いおりんのお家、静かで落ち着くからわたしは好きだよ。むしろごめんね、いつも押しかけるような真似して」
「私は賑やかな方が好きだし、りさちーが来てくれたら嬉しいよ」
「えへへ……ありがとう、いおりん」
顔を見合わせて、長谷川が「ひひひ」と笑い、梨沙が「ふふっ」と微笑む。
「それじゃあ帰ろっか」
「うん」
既に数人しか残っていない教室をあとにし、他愛のない話をしながら廊下を進み、階段を下って、靴を履き替える。今日あったこと、SNSで見かけたおしゃれな服のことなど、いつも自然と同じトークテーマにたどり着く。それでも、そんな時間が2人にとって最も幸せな時間だった。
元気な長谷川とは対象的に普段は大人しい梨沙だが、長谷川といるときだけは口数と笑顔が増える。髪型も、髪色も、性格も、趣味も、何もかもが違う2人だが、互いが最も大切な友人であることは同じなのだ。
……そんな2人の時間は簡単に過ぎていき、気づけばもう長谷川が住むマンションに到着していた。鞄の中から鍵を取り出し、慣れた手つきで開ける。
「ただいまー」
「お邪魔します」
その声に対する反応は無いが、2人のそはんなこと気にも留めず靴を脱ぎそのまま正面に向かって短い廊下を歩く……が、その奥のリビングまではいつも行かない。少し手前の左側にある扉を開け、長谷川の部屋に行くからだ。
部屋に入ると、正面の奥には勉強机、右の壁には収納スペース、左側にはベッド、そして中央には小さな丸いテーブルが置いてある。その真っ白なテーブルの周りに、向かい合って座るのがいつもの流れなのだ。
「あっ、私飲み物取ってくるから、先に座ってて」
「ありがとう」
長谷川は勉強机の横に鞄を立てかけ、そそくさと部屋を出て行った。
梨沙は収納スペースを背に向け、テーブルの前で割座をし、すぐ隣に鞄を寝かせて置いた。
「やっぱりいいな……静かで」
梨沙は目に映る何にも焦点を合わさないまま、何も考えず、動かなかった。時計の秒針が動く音や、遠くで冷蔵庫が開閉する音、外を走る車の音が僅かに聞こえる静かな空間で、ゆっくりと目を閉じた。
眠るつもりは無くとも、目や耳から入ってくる情報を遮断することで心が休まる……そんな気がするからだ。
「今日も人の家で瞑想?」
コップの7割程の高さまで注がれたオレンジジュースを両手に戻ってきた長谷川が、足で扉を開けて言った。
「瞑想じゃないってばー。休憩だもん」
「はいはい。まあ今日も好きなように過ごしてってよ。私も夜ご飯作るまではだらだらするつもりだし」
今度は足を使って扉を閉め、目を瞑ったままの梨沙の前に1つ、その反対側にもう1つコップを起き、その前に横座りした。
「それじゃあ、もう少しこのまま……」
「わかった。今日も6時に起こせばいい?」
「もー、わたしが寝ちゃうこと前提なの?」
梨沙は思わず瞼を開けて身を乗り出す。
「だって寝るじゃん」
「寝ない日だってあるもん」
「わかったわかった、とにかく6時ね。門限守らないと口うるさーく怒られるんでしょ」
「うん……ありがとう、いおりん」
梨沙は再び瞼を閉じ、それから何も言わず、動かなくなった。
しばらくした後、案の定梨沙は眠りに落ちていた。長谷川は蛍光灯のリモコンを手に取り、明るさを最低まで下げ、普段自身が使っているひざ掛けを梨沙の背に掛ける。そしてまた向かい側に座り直し、スマホの画面を見始めた。
……が、すぐに画面を閉じてテーブルに起き、座ったまま少し後ろに下がってベッドにもたれかかる。
「暇だなぁ」
コップの中に僅かに残ったジュースを飲み干し、静かにテーブルの上へ戻す。
梨沙が悪いと言うわけではないんだけど……そう思いつつも、今日も静かな部屋に1人残されていることが、退屈で仕方ない。時計の方を見ても、まだ5時にすらなっておらず、あと1時間以上はこの状態が続くことに、ため息が出そうになる。
時間を意識すればする程、秒針の動く音が遅く感じる。これじゃ1人で居るのとほとんど変わらない。
再びスマホを手に取り、惰性でSNSを眺める。指で画面をスライドさせる度に、興味のあるものないものが永久的に流れて来る。つまらない。しかし、他にやることもない。ただ時間を消費する為にスマホを使うだけ。
りさちーが嫌な訳じゃない。りさちーが好きだからこそ、一緒に話したり、遊んだりしたい。隣にいるのに意識は違うところにあるこの時間が、寂しい……。
スマホの画面左上に書かれた現在時刻をチラチラと気にしながら、時間を浪費する。SNSを閉じて消音で動画を眺め、またしばらくしたらSNSに戻る……そんなことを繰り返してると、また今日も空虚な時間を過ごしたことを自覚しながら、午後6時を迎えた。
「りさちー、朝ですよー」
「ん……んん……」
いつの間にかテーブルに突っ伏していた梨沙の肩を、膝立ちをしながら揺らして起こす。
「相変わらず眠そうな顔だね。硬いテーブルと薄いカーペットの上なのに、そんなにぐっすり眠れる?」
「わたしのお家は騒がしくてこんなにゆっくりできないから。それに比べてここは静かだし、それに……」
「それに?」
「いおりんが隣に居てくれるから」
そう言った梨沙の顔には、いつにも増して優しい笑みが浮かんでいた。心の底から私を好きでいてくれている……そんな風に感じられる様な、そんな顔が。
「そんな台詞、フィクションでしか聞いたことないよ」
恥ずかしさと申し訳無さで胸がいっぱいになる。自分がいるから安心して眠れることをりさちーは真っ直ぐな言葉で伝えてくれるのに、当の私は自分が退屈だからと心の中でゴネて……と。
それ故に、こんな言葉ではぐらかすことしかできなかった。それでも、梨沙は笑っていた。
「あーあ、帰りたくないなぁ」
帰り際にいつもそう言う梨沙の表情は、それまでどんな時間を過ごしていようと、毎回どこか寂しげだった。そんな顔を見た長谷川は、薄暗い空の下家路につく梨沙をいつも家まで送っていく。それは罪滅ぼしのような気もするし、ただ一緒に居たいだけの様な気もする。長谷川本人にも、それは判らなかった。
「いつもありがとう、いおりん」
「ううん、私が少しでも長くりさちーと居たいだけ。家に一人でいてもつまんないし」
「ふふっ、いおりんはいつもそう言ってくれるよね」
「言ってあげてるんじゃなくて、ホントに思ってることを言ってるだけだから」
「はいはい、わかってるよー。それじゃあまた明日ね」
「また明日」
そう交わすと、梨沙は振り返って扉を開け、小さな一戸建ての家へ入っていく。そして振り返る瞬間に見える梨沙の顔には、先程と同じように寂しげな表情がいつも浮かんでいた。
しかし翌日学校で会うと、梨沙は毎回特に変わった様子は無くいため、気のせいだと長谷川は自身に言い聞かせ触れないようにしていた。
そんな2人を隔てる壁になるように、扉が音を立てて閉まる。
「休みの日に俺がどう過ごそうが勝手だろ!」
「はいはい勝手にどうぞ、あなたに期待した私が馬鹿でした」
耳障りな言い争いだなぁ、今日も。
聞きたくもない言葉たちから意識を逸しながら、靴を脱いで、リビングに入る。
「た、ただいま……」
閉じた扉も貫通し部屋の外まで漏れていた両親の喧嘩の声は同じ部屋で聞くと、より威圧感があり、その空気に圧倒されたまま小さな声で梨沙は呟いた。
「あーあ、あなたのせいでまた梨沙にこんな痴話喧嘩聞かせちゃった」
台所に立ち、野菜を切りながら背を向けて吐き捨てるように、梨沙の母が言う。
「文句言い始めたのはお前だろ! 働いてもないくせに人に文句ばっか言いやがって!」
ソファに座っていた父が、振り返って声を荒らげる。
「専業主婦だって忙しいって何度言えば解るの! 毎日3食の献立考えて、献立に合わせた買い物に、掃除に洗濯だって……」
「それがお前の仕事だろうが! 仕事を理由に子供の前でみっともない姿ばっか見せてんじゃねえよ!」
帰ってきた梨沙の顔も見ず、互いに悪態をつくことに必死になっている。静けさの中に環境音が聞こえていた長谷川の家とは正反対に、耳障りな言葉だけが聞こえてくる。
苦しい。本当に、苦しい。
梨沙は黙って鞄を壁に立てかけ、部屋を出てトイレに逃げ込んだ。聞きたくもない鋭い言葉たちは容易に静かなトイレまで響いてくる。梨沙は耐えきれず、両手で耳を塞ぐ。
なんで喧嘩するのかな。わたしのせいなのかな。
いつも「梨沙の前なのに」とか、「梨沙のために」とかばかり。ママもパパも、私のためという名目を盾にして自分が正しい側だと主張したいだけ……わたしのためなんかじゃない。わたしのことなんて見ていない。
どうしてわたしのための「おかえり」も無いこの場所が、わたしの帰る場所なんだろう……。
刃物を振り回すように吐き散らされた言葉たちは、時間をかけて梨沙の心を傷だらけにしていた。それは目には見えない傷で、傷を治す薬も無くて、逃げ場が無く傷を癒やすこともできなかった。
何度逃げたいと思っても、逃げられない。ここが自分の帰る場所で、子どもの自分には何も出来ないからと。
今日も傷の上にまた新たな傷を重ねていく。
そろそろ花粉が飛び出す季節ですが、作中は真冬ですし、回想内は桜が散ってしばらくした頃ですね。3つ全部時期が違うのに冬と春に固まっててマジでややこしいです。
回想に雪降らしたりしないようにしないとですね。
あと全然関係ないですけど、いおりんってあだ名可愛くないですか?




