シェリーの場合⑥ こんなにも愛されていたなんて
突然恋人のシェリーから、
【他の女と簡単に寝られる人とは一緒にいられない。サヨウナラお元気で】
という内容の手紙と、かつて贈った指輪を送りつけられたカイル。
「はぁっ!?」
と思わず大声が出てしまったのは致し方ない事だろう。
ーー他の女と簡単に寝る!?ど、どういう事だっ?
当然カイルには全く身に覚えがない。
シェリーが恋人になってからは他の女と二人っきりになった事などない。
要らぬ誤解を招く様なヘマはしたくなくて、必要以上に気をつけてきた。
なのに何故。
イレギュラーな事といったらあの日シェリーが別人に変身して会いに来た事だけ………と、そこまで考えてカイルはここで漸くある可能性が頭に過ぎった。
まさか……アレはシェリーに試されていた……?
別の女に変身して、俺が浮気をするかを確かめた……?
血の気が引く思いがした。
アレがもし、シェリーがそういうつもりでしていた行動なら、自分は間違いなくシェリーを裏切った事になってしまう。
行為の最中に元の姿に戻って欲しいと言ったが、戻らなかった事を考えると話を聞いていなかったのではないか……。
「まずい、まずいぞっ」
だけど何故?
何故シェリーはわざわざ自分を試すような事をしたのだろう?
それほどまでに信用出来ない男だと思われていたのか?
と気持ちが塞ぎ込んでいたカイルはすぐにシェリーの行動の原因となった出来事を知る事になる。
一度任務で王都に戻っていた先輩騎士から知らされたのだ。
以前カイルが手酷く拒絶した医療魔術師の女がシェリーに色々と出鱈目を言っていた事を。
カイルがその女を抱いたような事を匂わせていたと。
ーークソがっ……!それでシェリーは本当に俺がそんな事をする奴が確かめたという訳か……。
絶望しかなかった。
何故あの時、ただの悪戯とのん気に構えず早々に正体に気付いている事を明かさなかったのか。
その所為でまさかこんな事になるなんて……!
とにかくすぐにシェリーに会いに行きたかった。
ダメ元で上官に直談判してみる。
「隊長、俺は今、人生において未曾有の危機に直面しております!どうか三日、三日でいいので王都に戻らせてくださいっ!」
「悪いが我が国においても今、未曾有の危機に直面しているのだ。この砦を守らんと隣国のいい様にされるのは目に見えている。まずは近くの街を占拠され、そこを足掛かりに一気に周辺まで侵攻されてしまうぞ」
それでもカイルは食い下がる。
「それは重々承知していますがそこをなんとかっ……!」
結果は惨敗であった。
ならばいっその事退団を……とも思ったが、
臨戦体制時の戦線離脱は他の者の士気に影響を及ぼす可能性と情報漏洩の危惧を防ぐ為にどのような理由があろうと一切認めないと軍規に記されている。
もし強引に持ち場を離れれば敵前逃亡や間諜であると疑いをかけられ投獄の後、軍法会議ものだ。
ーーこうなればもう、このアホらしい小競り合いをとっとと終わらせるしかないっ!
という訳で、カイルはシェリーの元に駆けつけたい一心で目覚ましい働きをし、危ぶまれた戦況を一気にひっくり返すという快挙を成し遂げた。
そして隣国が引き下がり、とりあえず次からは机上の戦略に移った時点ですぐに王都へと戻ったのであった。
だが戻ってみれば時既に遅し。
シェリーは勤めていた診療所を辞め、アパートも引き払ってどこかへと消えた後だった。
……ガックリ………と膝が折れそうになるも、カイルは踏ん張った。
連日に及ぶ隣国の騎士団との衝突で心身共に疲弊しきっていたが、ここで膝も心も折れるわけには行かなかった。
ーーシェリーを、この世で一番大切な彼女を取り戻すまで、ぶっ倒れるわけにはいかないっ……!
カイルは自分を鼓舞し、まずは王都中の診療所にシェリーという女性が勤めていないかを調べた。
生きていく上で働かないわけにはいかない。
結婚して家庭に入れば勤める必要もない場合もあるが、自分と別れてひと月も経たないうち他の男と結婚するような人ではないと、カイル自身がよく分かっているつもりだ。
しかしシェリーは王都のどこの診療所にも勤めては
いなかった。
もしかして王都から出て行った……?
ならばきっとたった一人の肉親である実姉であるキルシュには何か話しているはずだ。
頼む、どうか、どうかキルシュ姉さんに行き先を告げていてくれ……!
カイルは藁をも掴む気持ちでシェリーの姉であるキルシュの住む街へと行った。
カイルの顔を見るなり、キルシュは渋い顔をして料理を振る舞ってくれた。
任務後に休まずに走り回ってかなり疲弊しているカイルに、「まずはちゃんと食事を摂って一度ちゃんと寝なさい!」と叱りつけてきたのだ。
昔から実の姉のように慕っているキルシュに強く言われると抗えない。
もはや刷り込みのようなものでもある。
キルシュはカイルに食事をさせながら、事の顛末を黙って聞いてくれた。
そして盛大なため息を吐く。
「はぁぁ……シェリーったら、そんな事ひと言も……変に追い詰めてもいけないと思って追及しなかったけど、勝手に拗らせちゃってるだけじゃない。悪戯だと思って軽く考えたカイルもカイルだけどね」
そしてカイルに食後のお茶を出しながら言った。
「よくわかったから。でもとりあえず、アンタは一度ぐっすり眠りなさい。うちの客間を貸してあげるから、シェリーに会いにいくのはそれからよ」
「っ!シェリーの居場所を知ってるんだねっ?」
「知ってる。知ってるから安心して。とりあえず体を休めな。そうじゃないと人生の大切な話をする前に胆力が尽きてしまうわよ」
久々に温かい家庭料理を、当たり前だがシェリーと同じ味付けの手料理で胃が満たされた所為かカイルは食事の後、糸が切れたように眠りに落ちた。
なんと丸一日眠っていたという。
起き抜けのカイルに濃い目の熱いコーヒーを淹れてくれたキルシュが「さすがの騎士の体力を以ってしても限界だったようね。でもこれで、ウチの妹とちゃんと向き合えるでしょ」
と言った。
「ああ……ありがとう、キルシュ姉さん」
カイルが礼を言うと「丁度いいからついでに健康状態を見てもらいな」と言いながら、シェリーが勤める病院の所在を書いた紙を渡してくれた。
そしてカイルは受診と称してシェリーを捕獲するべく診察室で待ち、
自分を見て面食らっているシェリーにこう告げたのである。
「シェリー、探したぞ!もう探しまくったぞ!」
◇◇◇◇
「カ、カイルッ……?」
突然患者として現れたカイルにシェリーは目を大きく見開いた。
「っシェリー!」
カイルはガバッと立ち上がりシェリーを抱きしめる。
ぎゅうぎゅうと、もう絶対に離さないという意思をひしひしと感じる抱きしめ方で。
当然シェリーには戸惑いしかない。
「ちょっ……何っ!?どうして急にっ!?離してっ、離してカイルっ!」
「嫌だっ!絶っっ対に離さないっ!!もう二度と、金輪際、永久に離さないぞっ!!」
「何勝手な事言ってるのよっ!!手紙を読んだでしょ!!私達は終わりよっ終わりっ!!」
「終わってないっ!!終わらないっ!!俺は絶対にお前を裏切ってなんかないっ!!だから絶対に別れないっ!!」
「ふざけないでよっ!!誤魔化そうたってそうはいかないんだからっ!私知ってるんだからねっ!!」
「変身魔法で姿を変えたってお前はお前だろうっ!!」
「……………え?」
渾身の力を込めて訴えたカイルの言葉に、シェリーは固まった。
カイルはシェリーを抱きしめたまま告げる。
「あの夜のスレンダー美女がお前だって最初から分かってたさ。だからてっきり昔よくやられた悪戯の再来だと思ったんだよっ……信じてくれ、俺は今も昔もお前しか抱かない。抱きたくなんかないんだっ……」
「わ、わかってたっ?最初っから?」
「一番最初にシェリーがカウンターに来た時は気づかなかった。だが声を聞き、瞳の色を見てすぐにわかったんだ。それに……グラスの底に小指を掛けて呑む仕草、そんなの見ればすぐにシェリーだと分かるに決まってる。どれだけの長い時間、俺がお前だけを見てきたと思ってるんだ」
「そんな……嘘っ……だってあの晩そんな事ひとっ言も……」
「抱いてる時に変身を解けと頼んだけど、お前聞いてなかったんだろ」
「え?あー……そういやなんか言っていたような……でもっそんなの後からいくらでも言えるわっ、きっと姉さんか誰かに………聞いてないわね」
「だろ?」
そう、シェリーは変身魔法で姿を変えてカイルを試した事は姉のキルシュはおろか誰にも話していないのだ。
だからカイルが他の誰かから聞かされて口裏を合わせている可能性はないわけで……。
「……ホントに私だって分かってたからあんな事したの……」
「決まってる。俺はこの世でお前に捨てられる事が一番恐ろしいというのに、他の女に現を抜かすわけがない」
「辺境地でバレないから浮気しようとした事はないと言えるの?」
「そんな事をしたらもうシェリーの目を真っ直ぐに見られなくなる。そんな辛い思いまでして快楽を得たいと思わない」
「絶倫なのに?」
「シェリーにだけだっ」
そこまで話して、私たちはある事に気付く。
ここは診察室で、周りには他の医療魔術師や医療助手や患者さんがいるという事を。
そしてかなり恥ずかしい話を大声でしていた事を。
ーー絶倫って大声で言ってしまった……。
だってお互いに必死だったから。
そこまでの熱量が、互いに向ける真剣な想いが、私達にはあるという事か。
シェリーはとりあえず、もうすぐ仕事が終わるから自分のアパートで待つようにカイルに告げた。
アパートの住所を教え、鍵を渡して。
その後シェリーは病院の働く仲間たちにニマニマと生温かい目を向けられながら仕事をした。
そして終業後、わざわざ迎えに再び病院まで来たカイルと共にアパートへと戻った。
部屋に入るなりカイルに抱き寄せられる。
「シェリー、シェリーごめん。不安にさせて、嫌な思いをさせて……本当にごめん」
シェリーはカイルの腕の中で呟くように告げる。
「私こそ……ごめんなさい……あなたを疑って、騙して試して勝手に傷付いて……そして一方的に離れた……本当にごめんなさい……」
「いや。全部俺が不甲斐ないのが悪いんだ。シェリーは悪くない。悪いのは全部俺だ」
「カイル……」
なんて事だ。
シェリーはそう思った。
自作自演で勝手に相手を悪者にした自分が全て悪いのに、
それなのにカイルは全部自分の所為だと言ってくれる。
怒ってもいいのに。
殴ってもいいのに。(殴り返すけど)
カイルは、カイルは……。
こんなにも愛されていたなんて……!
シェリーの瞳から涙が零れる。
裏切られたと思った一番辛い時には涙も出なかったのに。
カイルから寄せられる揺るぎない想いに触れた途端、堰を切ったように涙が溢れて出た。
きっと必死で探してくれたんだろう。
ーー私との将来を諦めないでいてくれた。
“将来”というキーワードでシェリーは思い出した。
カイルに告げなければならない大切な秘密がある。
「カイル、あのね……」
シェリーがそれを告げようとした時、カイルがシェリーの前で跪いた。
そして懐からシェリーが突き返した指輪を取り出す。
「とりあえずこの指輪をまたはめてくれるか?そして明日にでも、今度は結婚指輪を買いに行こう」
「えっ……それって……」
シェリーが言うとカイルは頷いた。
「結婚してくれシェリー。今回の事でますます身に染みてわかった。俺、お前がいない人生なんて考えられない。絶対に浮気なんかしないし大切にする。一生お前の事だけを愛せる自信が俺にはある。だから俺と、結婚してくれっ……!」
真剣な眼差しで見つめられ、彼の本気度が伝わってくる。
シェリーは左手を差し出し、こう告げた。
「私の左手の薬指はカイルから贈られる指輪の為にあるのだと痛感した……結婚指輪は二人でお揃いのデザインのものにしようね」
「……ああ!もちろん」
それがプロポーズの返事だと分かり、カイルはシェリーの左薬指に指輪をはめた。
そしてゆっくりと立ち上がりシェリーにキスをする。
唇が離れ、少し寂しい思いをするもシェリーは言う。
「……カイル。あなたに報告する事があるの」
「なんだ?大切な事か?」
「そう。とても大切で、とても幸せな……」
シェリーはつま先立ち、カイルの耳にそっと唇を寄せる。
シェリーに耳打ちされた幸せな報告を聞き、
アパート周辺一帯にカイルの「やったーーっ!!」
という声が響き渡ったのはこの後すぐの事であった。
数ヶ月後に生まれた二人の第一子は、
黒髪に青灰色の瞳を持つ可愛い男の子であったという。
終わり
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二人のヒロイン、二本立てでお届けした物語もこれにて完結です。
まだ続けるかどうか迷ったんですが、新たなシークレットラージポンポンのお話が思いつかなかったのでとりあえずこれで完結する事としました。
このお話を書くに至り、驚いたのがラージポンポンという言葉がすでに古代言語と化していた事……。
まさかラージポンポンがエンシェントスペルだとは思いませんでしたよ……☆
とっても驚き、そして勉強になりました!!
今作もお読み下さり、また沢山の感想をお寄せ頂きありがとうございました!
そしてエールもわんさか……まさか“わんさか”も古代言語!?∑(゜Д゜)
まぁいいや。エールもわんさかありがとうございました!!(エール機能はアルファさんのものです)
皆さまの貴重なお時間をましゅろうの為に割いてくださっている……その事が何よりも恐縮しつつも嬉しく思います。
本当にありがとうございました(〃ω〃)♡♡
さて次回作ですが、
どうも今、ましゅろうの中で空前のシークレットブームなようです。
なので次もシークレットものを書きたいと思っています。
るちあん以来のシークレットベイビーものです。
でも次はフェリックスとはちとタイプが違う父親が登場します。
父親がヒーローとは限らない、でもヒーローかもしれない。なんともややこしやのお話です。
タイトルは
『今さらなんだというのでしょう』です。
投稿は少し開いて土曜日の夜から。
よろちくびお願い申し上げます!!
誤字脱字報告、ありがとうございました!