シェリーの場合⑥ あの夜 カイルside
「いつもお姿を拝見していて……とても素敵な方だと思っていました、どうかわたしを恋人にして下さい!」
「あぁごめん。俺にはもう恋人がいるんだ」
「いつも訓練で剣を合わせているじゃない?私たち、とても相性が良いと思うのよ。どう?今夜、体も合わせてみる?」
「随分率直に言うんだな。いや遠慮するよ。他を当たってくれ」
「そこのお兄さん、商売抜きでもいいから寄って行ってよ」
「恋人以外を抱く気はないんだ、悪いな」
街の娘から女性の騎士仲間、そして娼婦まで、
カイルはとにかくモテる。
こうやって告白されたり誘われたりする事は王都にいる時からよくあった。
だけどカイルの心は……まぁ体もだが、幼馴染から恋人に昇格させて貰ったシェリーに首っ丈なのだ。
会えば自制が効かず毎回抱き潰してしまうほどに。
国境線を巡り隣国との緊張が高まり応援要員として国境騎士団に派遣されて、三ヶ月に一度しか会えなくなってからは殊更に……。
それもこれもみな、カイルがシェリーを好きすぎる事が原因なのだが。
なのでカイルは例え辺境の地でどのような誘惑があっても、
若い騎士たちがサルのように盛って、それが当たり前のような空気が仲間内に流れても決してシェリー以外と関係を持つ気はなかった。
そんなある時、王都の診療所から一人、女性の医療魔術師が研修に来ていると聞いた。
もしやシェリーか?
わざと黙っていて悪戯を仕掛ける気か?昔はよくそういう事をされたから…と、半分期待したのだが、残念ながら研修に来たのはシェリーではなかった。
しかしシェリーとは同僚で大の仲良しだと言う。
傷薬を貰いに医務室へ行った時に本人からそう聞いた。
「シェリーも水臭いわね、こんな素敵な彼がいたのなら紹介してくれてもいいのに。……ねぇ?どのくらい彼女と会えていないの?」
その同僚の女性がねっとりとした視線をカイルに向けてきた。
「……ふた月ほど、かな」
カイルのその返事を聞き、同僚女はカイルの肩に断りもなく触れてきた。
「ふぅん。それは可哀想ね」
「可哀想?」
そう言いながらカイルは肩に触れている女から身を離す。
「だって、その間ずっとシてないという事でしょう?ねぇ、シェリーには黙っててあげるから私とする?」
「………」
この女、シェリーと仲が良いなんて嘘だな。
こんなモラルの低下した女とシェリーが付き合う訳がない。
近くに他の団員もいるのによくもこんな誘いが出来るものだ……。
シェリーの友人でないのなら気を使う必要はない。
カイルは表情を消して冷たく言い放った。
「なんでシェリーという極上な恋人がいるのにお前なんかを抱かなきゃいけねぇんだ?寝言は寝てから言え」
「なっ、なによっ!!せっかく相手してやろうって言ってんのにっ……後悔してもしらないんだからっ!」
「後悔なんか死んでもするか」
と言い残し、その場を去ったカイルだったが……
後々この女の所為で死ぬほど後悔する羽目になるのだが、この時のカイルにそれが分かる筈もなく。
そしてそれから数日後に、目を見張るほど驚く事が起きた。
いつもの酒場で一人呑んでいたその時、一人の女性がカウンターの隣に座った。
ふと視界に入ったその女性はカイルの好みドンピシャな容姿をしていた。
これでも騎士の端くれ、一瞬見ただけで凡その特徴は把握出来る。
長い髪にスレンダーな肢体。
だけど自分の大きな手でも余るであろうと容易に想像できる豊満なバスト。
顔もかなりの美形だ。
現にたった今店に入ったばかりだろうが既に店中の男の視線を釘づけにしている。
が、それだけだ。
シェリーでなければどうでもいい。
女性の姿を一瞥した後、カイルの興味は完全に消えていた。
その女性の声を聞くまでは。
「マスター、水割りを」
「!?」
ちょっと待て、この声は。
カイルは今度はまじまじと隣に座る女性を見た。
グラスを傾けるその仕草……まさか。
カイルの視線に気付いた女性がカイルの方を見た。
「っ……!」
女性の瞳を見た時、カイルは確信した。
ーーシェリーだ。
青灰色の瞳は珍しい。
珍しいが今までにも何人か見た。
だけどシェリーの青灰色の瞳はこの世に一つ。
カイルが魅入られるただ一つの色合いなのだ。
(シェリーの姉も同じ瞳だがカイル的には全く違うらしい)
その瞳をカイルが見間違える筈はなかった。
「……私の顔に何かついてる?」
だがシェリーはあくまでも他人のふりをしてくる。
何か意図があって?
しかもいつも三月おきに会いに来てくれるのだが、今回はまだふた月しか経ってはいない。
これは……久々のアレか?
昔はよく互いに悪戯を仕掛けあっていた。
たわいの無いものから大掛かりなものまで。
その中にはよく、こうやって他人に化けたものもあった。
もう随分昔の話だが。
どうしたシェリー?
まさか久々にそれをして俺を騙そうとしているのか?
カイルはシェリーの様子を窺う事にした。
「マスター……お代わりを頂戴、今度はロックで」
「マスター、彼女の酒代は俺にツケてくれ」
シェリーは何やら反応を示していたが、カイルはシェリーの飲食代はいつも自分が払っていたので当たり前の感覚でそう言ったに過ぎない。
そうやって二杯目を呑み終わり、
あまりにいい呑みっぷりだったのでそう言うと、違う容姿をしたシェリーが言った。
「ええ。今日はとことん呑みたい気分なの。……ねぇ、どこか個室で二人だけで呑まない?」
………これは……あくまでも……
「ああ、そういう感じで行くんだな。もちろんいいよ。俺の部屋で呑み直そう」
どうやらシェリーは、今日はこのシチュエーションでいくらしい。
それならお付き合いをするまでだ。
そしてカイルはシェリーを自分の部屋へと連れて行き、そこで二人でまた呑んだ。
その後はいつも通りに肌を重ねる。
しかしシェリーの気分に付き合って、知らない女の姿のままで抱いていたがどうにも落ち着かない。
肌の香り、温もり、仕草は間違いなくシェリーだ。
それなのになぜ彼女は違う姿でいるのだろう。
カイルはシェリーに触れながら言う。
「シェリー…元の姿に戻ってくれ……君だけど、君じゃないと……っ萎える」
だがシェリーは酩酊してるのもあり、言葉を理解していない様子だった。
結局その夜はシェリーの姿と酒に酔っていた事もあり、カイルは一度しかシェリーを抱かなかった。
ただ、避妊はしなかった……何故だかそうした方がいい、そう思ったのだ。
でも側にいると心が安まる。
やはり彼女の側は心地よい、カイルはふた月ぶりにぐっすりと熟睡した。
前線で緊張が続く毎日。
サプライズで現れた恋人と過ごす一夜が、カイルにとって何よりの癒しとなった。
だが朝になり目を覚ますとそこにはもう、シェリーの姿はなかった。
隣に寝ていたはずの彼女が消え、昨夜の事は幻だったのかと思うほどに。
一体何だったのだろう。本当に悪戯だったのか。
朝になったら訊ねようと思っていたのに。
真夜中の魔法が解けた後、朝日の中で答えを聞こうと思っていたのに。
思えば昨日のシェリーはあまりにも様子が変だった。
カイルはその瞬間、どうしようもない焦燥感に駆られる。
すぐにでも王都に戻り彼女を捕まえたい。
そう思えども無情な事に隣国の騎士団が無断で国境線を超えた。
我が国としてもこれを見過ごす事は出来ない。
無用な戦闘は避けたかったが、今回はわりと大きめの衝突となってしまった。
二名ほどの騎士の脱走もあり、その捕縛にも対応させられた。
前線からの敵前逃亡は軍規違反だ。
その二名はいずれ軍法会議にかけられるとしても、目下この紛争を鎮圧する事に全力を注ぐしかない。
「はぁぁ……シェリーに会いたい………」
と国境でため息を吐くカイルの元に、
別れる旨を綴ったシェリーからの手紙が届いたのはそんな時であった。
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次回、シェリーの場合最終話です。