第一章 ②心察クラブ(1)
0306教室の右端、窓際の前から三列目の四人掛けの机を挟んで、依頼者である安藤さんと心察クラブは椅子に座り、対面していた。机には何も置かれていない。書類は特に必要ないだろう、僕らはただの有志活動なのだから。
「ということで、早速本題に入ろうと思うんですけど、安藤さんは、何を忘れてきてしまったんですか?」
僕らの活動は、その人の『忘れ物』を探す手伝いをすること。ただしかし、トリッキーなところがあるとすれば、
「あの、その前にお尋ねしたいんですけど、心察クラブの方々は、『間接的な』とサイトに書かれていましたけど、あれはどういった意味なんですか?」
不安げな眼差しを向けてくる。無理もない。心察クラブはホームページを持っているのだが、そこには「あなたの『忘れ物』探しを『間接的に』サポートします。」としか書かれていない。華があるとすれば、アイコンが花であることくらいか…。心察クラブといい花といい、僕たちのデザインセンスは消しゴムのカスと同等かそれ以下か。化乃もそういったセンスがないのが意外だが、人間なかなか分からないものだ。
「文章の通りですよ。僕たちはあなたの忘れ物探しを、直接的にお手伝いはしません。ただし心配はいりません。詳しいことは話せないんですけど、きっとある瞬間にあなたの中でバリっと何かがあると思うんです。そうしたら必ず、あなたは忘れ物を見つけ出せます。」
とんでもないところに来てしまった、あるいは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている、ように見えた。いたたまれない気持ちになったが、気にしないふりをする。
「まあ、でも僕らは特にあなたに何かを貰おうとは思っていないですし、契約などもありません。だから、気負いしてもらう必要もないです。友達に何気なく相談した位の気持ちでいてくれればいいです。なんなら、別に僕たちのことはこれきり忘れてもらっても構いません。だよね、化乃?」
僕は化乃の方を向く。お互い慣れているのもあり、相手に分かるほどの大袈裟な相槌を打つ。
「そうですか…。分かりました。でも、お二方のことを忘れたりはしません。私の私情に付き合わせてしまうわけですから、それに有志というのならなおさらです。それ以上に、何か私に出来ることがあれば、させてください。」
なんていい人なんだろう。聖人か、と思った。僕らはこれまでのいくつかのこういった依頼を受けてきたが、いるんですよ、そういった方々が。
「いや、そんな風に言っていただけて嬉しいです。ただ、大丈夫です。絶対にあなたの忘れ物は見つけるので、安心してください。ただ、それでですね。いきなり安藤さんに一つお願いがあるんですけど、いいですか?」
「はい、なんですか?」
安藤さんが信頼の目を僕に向けてくる。
「いいというまで、僕と目を合わせ続けてもらってもいいですか?」