第一章 ①景と化乃
…三年後
最近の日本はどこまで暑くなるのか。僕が小学生の頃はもう少し涼しかったのに、なんて叶わぬ願いを抱きながらいつもの場所に向かう。大学の敷地はでかく広いではなく、点々と住宅地の中に建物が存在しているような感じなので、大学に来ている気がまるでない。そんな愚痴が止まらない程、大学の生活には飽き飽きとしていた。しかし足は止まらずいつもの場所、大学で一番人気が少ない三号館二階0306号室に向かう。林立する建物の陰になっているせいか、三号館全体がどこか暗い。建物の中は夏の昼間というのもあり、明かりもついていないので日の光が頼りなのだが、そんなものが入るわけもなく、どこか陰湿な雰囲気を醸し出している。しかし僕の足は軽かった。階段を一段飛ばしで上り、目的の教室に入る。既に彼女は、教室の中で窓側の、日の光が当たっている席に座ってスマホを見ていた。
「ごめん、待たせちゃって。」
手を挙げながら声をかける。彼女、皆木化乃は顔を上げたが、どこか不服そうな顔をしながら、頬杖をついていた。
「いや、集合時間は超えてないし全然大丈夫だよ。だけど、ちょっと早くに着きすぎちゃったな~って思って。それにこんな席取っちゃったもんだから、暑くて暑くて。」
そういいながら、化乃はインナーのえりをばたつかせ、内側に空気を入れている。
「暑いんだったら、席移動すればいいじゃん。」
そう言うと、どこか難しい顔をする。
「いや~、ほらあるでしょ。一度席に座ったら移動しづらくなる、日本人特有の空気。まあ、確かにこの空間にいるのは私だけだけど、私だけですけど!」
「まあまあ落ち着いて、僕もそっち側の人間だから。気持ちはすごく分かるよ、うん。」
席をひっくり返しそうな勢いだったので、なんとか落ち着かせる。セーブ、セーブ、とね。
「それにそんなに早く着いたんだったら、メッセージくれたらすぐに来たのに。僕の場合は、時間を潰すのに苦労したんだから。」
「そうしようとは思ったんだけど、自分の都合で景のこと読んでもいいのかなって思って。」
「別に気にしなくてもいいのに。」
化乃の顔が日の光で照らされる。いつもよりも少しばかり顔が赤いような気がするが、気難しそうに縮こまっているので、顔がよく見えない。
「だって、別に私たち、友達ってわけでもないでしょ?」
隙間から覗くように、化乃が僕のことを見てくる。
「そうなの?僕はてっきり化乃とは友達だと思ってたんだけど。それに僕、友達でもない人に下の名前で呼ばせたりしないしね。」
「へえ~、そうなんだー…。」
いつもの調子でいきたいけどいけない感じが、僕にも伝わってくる。正直、化乃にはいつも迷惑かけてばかりだから、喜んでくれているようで安心した。
「あの~、『心察クラブ』に依頼させてもらった安藤ですけど…、ここで会ってますかね?」
いきなり間から入り込むように、後ろから声がしたので二人そろって教室のドア付近を見る。そこには間から顔を覗かせて、こちらを見る女性の姿があった。
「ああ、ごめんなさい。入りづらい感じにしてしまって。ささ、どうぞ。入ってもらって。」
「こちらに、どうぞ。」
化乃も声が上ずりながらも、依頼者に対して案内をする。もう少しちゃんとした場所があればどうにかなりそうだが、所詮はただの有志活動のようなものなので、高校生の三者面談スタイルなのである。その刹那、化乃が僕のもとに近づく。
「さっきの話は、また後で聞くから。」
そんなに大仰なことはなかったのだが、そんな風に言われると変な感じになるだろ!、と依頼人のもとに歩く化乃の背中に心の中で叫びながら、依頼人のもとへ足を向ける。