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五月の再会 3/4

 指定された部屋に入ると、既に数十人の生徒で埋め尽くされていた。教壇にはあの時保健室であった眼鏡をかけた先輩と、あの花時計の王子が二人で立っていた。私はこんなにすぐに再会できるものなのかと、心を躍らせ、美子と一番後ろの空いている席に座った。やはり男子生徒が九割方ではあったのだが、それでも数名女子生徒を確認することができた。


 何名かまた生徒が入室してきた後、先ほど下で紙を配っていた先輩が合流し、ようやく演説が始まった。


 「諸君はイールズ声明*を聞いてどう思う。私たちは米国アメリカの奴隷ではない。しもべでもない。彼らに私たちの学問や教育の自由を奪われてなるものか!私は断固として植民地教育に反対する」


 あの心地よい低い声が人で埋め尽くされた小さな教室に響いた。後ろの黒板には『イールズ声明反対』と書かれた大きな紙が貼りつけてあった。そして、彼の声に反応し、前の方の席から次々と声が挙げられていった。


 「レッドパージなんて反対だ」


 「やつらにこれ以上侵略されてたまるか」


 「米国アメリカ帝国主義者を即時打倒せよ」


 「占領軍を我が国から撤退させるには、我々はどうすべきか」



 まるで大学生が行うような政治闘争の学生大会が始まった。赤狩り*にここまで熱くなるなんて、と私は人ごとのように前の方の席に座っている生徒たちの怒号をぼんやりと聞いていた。あの空色の目をした青年は教壇の前で、周りの話を聞き、まとめ、そして時には自分の意見を熱心に語っていた。私はだんだんと話についていけなくなったため周りを観察することにした。おそらくだが、よく参加している生徒たちは前の方に座り、あの青年とそして周りのものたちと議論している。後ろの方の席の人たちは私と同じく新参者が多いようだ。同じく周りを観察するものや、話を熱心に聞くものなど多様であった。ただ、数少ない女子生徒のほとんどはあの花時計の王子を見つめ、顔を赤らめていた。その時、ふと気づいた。ああ、ここに参加している女性のいくらかはあの先輩を一目見ることが目的なのだと。


 時間が少し過ぎ、後ろのドアからバタバタと一人の男子生徒が汗を流しながら入ってきた。彼は緑色の上履きをはいていた。一学年上の先輩である。


 「美術部はここであっているかい?」


 彼は廊下にまで響き渡るほどの大きな声で、たったそれだけを問うた。が、この問いが合図だったようで、先輩方は黒板に張られていた『イールズ声明反対』の大きな紙を取り外し、教壇の中へ隠した。ほかの生徒たちは先ほど一階で配られた紙を手に取り、急に静まり返る。代わりに「美術部に入れば~」と眼鏡の先輩の部活動誘致の無機質な声が教室に響き渡った。黒板をよく見ると、先ほどまでの大きな紙に隠されていた美術専門用語らしき文字が、薄い白い色で現れていた。


 「ぜひ、皆にもこの部活動に参加してほしい」と先輩方が心のこもっていない部活動の勧誘の演説を始めてほどなく、今度は後ろのドアから二人の教師が見回りと称して教室へと入ってきた。一度ぐるりと教室内を歩き周り、生徒たちを確認していく。が、ただの部活勧誘のために生徒たちが一つの教室に集まっているだけだと理解すると、教室からすぐに退室した。




 「全ての見回り完了した」前のドアから背丈の小さな男子生徒が新たに入ってきて、教壇の前にいる三人の先輩方にそう囁いているのが後ろの席からでもなんとなくわかった。「だが、今回はこれでやめといたほうがいい。生物学のやつらが少し怪しまれている」


 「分かった」といって花時計の先輩が「今回はこれにて終了する。この度は女生徒も増えたこと嬉しく思う。またぜひ参加してほしい」と言葉を続けた。


 ぞろぞろと、生徒たちが退室していく。人がもう少し減ったら私たちも退席しよう、と美子から目で合図されたため私は未だ席に腰掛けていた。


 思った以上に参加人数は多かった。待てども待てども、なかなか教室から人が減らない。することも無いのでしょうがなく周りをぐるりと見渡してみることにした。


 そして、にこやかな顔で生徒たちを送り出していた花時計の王子とふいに目が合った。


 

*イールズ声明

 連合軍教育局顧問だったウォルター・クロスビー・イールズ (Walter Crosby Eells) による声明。

 共産主義者の大学教授を排除、追放する動きのこと。

 

*赤狩り

 共産主義者、および左思想の強いものを排除、追放する動きのこと。



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