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花時計の王子様(中)4/4

 「これがあの日の顛末さ…」


 先輩の声に私は「そう…」と言葉を落とすことしかできなかった。あの事件の真相がただの事故であったという安堵と、それにも関わらず逃げねばならぬ先輩の置かれていた状況に深く同情したものの、何と先輩に声をかけてよいのか分からず、俯くよりほかなかった。


 「全部俺のせいにしろ、そうあの奉公人に伝え、俺は家をでた。行くあてなんてなかった。あんなに憎んでいた父なのに、何故か死ぬかもしれないと思うと、怖くて苦しくて…。一刻も早くあの場から逃げ出したかったんだ。腹にアレを突き刺してしまった感触は未だ覚えている」


 先輩は右手を見つめながらそう呟く。


 「その後、幸運なことに知り合いに暫く匿ってもらえたんだ。俺は殺していない、単なる事故だって、分かってくれた。だけど、現場からすぐに逃げ出したことが不利に動いてしまって…。ほら、こんな見た目だしさ。噂が事実より面白おかしく早くに広まってしまって、気づいたときにはもう手のつけられない状態になってしまってた。けど、ああ、いい機会だ、なんて思って…。実はずっと前からあの町から出たかったんだ。自分のことを誰も知らないところへ行って人生の全てをやり直したかった。なのに…、関係のなかった君を、そんな自分の我がままに巻き込んでしまって、本当に…本当に、すまない…」


 「そんなことないわ。私だって先輩と遠くへ行ってしまいたい、と思ってたのよ。誰も知らない新しい場所へと逃げたかった気持ちは先輩と変わりないわ」


 「そうだったのか?鳩を返してくれなかったろ?君からの返事が分からなくて、とりあえず待つことしかできなかったんだ」


 「あら?届いてなかったの?」


 変だわ。確かに飛ばしたのに。


 「やっぱり俺たちは運命ではなかったんだよ」


 「でも、こうして会えたじゃない」


 だが、悲しそうな顔で彼は私を見つめる。


 「こんなに長い年月がかかってしまったけどね…」


 寂しく呟く先輩に私はなんと言葉を返したらよいのか分からなかった。


 「俺は誰に対しても対話が少なすぎたんだ。ここで以前父と会って強く実感したよ。そして今こうやって君と話していて…。君からも逃げずに、鳩や人を介してではなく、すぐに直接話すべきだったんだ。過去には戻れないと分かってはいるけれど、どうしても後悔してしまう…」


 『今ここからやり直せばいいじゃない』そう思ったが、その言葉を発することなく飲み込む。なぜなら先輩はスッキリした顔で前を向いていたから。それを見ると何も言えなくなってしまった。


 「それに、もうお迎えが来たみたいだ」


 そう言って先輩が指す方角には20代後半だろうか?成人した美しい女性が立っていた。


 「わたし、彼女を知らないわ」


 その女性を見て素直な感想を述べたのだが、そんな私の戸惑いの声を無視して先輩は続ける。


 「今更だけど…。もう一回だけ言わせてほしい…」


 そう微笑む先輩もまた、先ほど岩の上に腰かけていた女性のように不思議な光に包まれ始める。


 「俺に愛を、人を愛することを教えてくれありがとう」ベンチから立ち上がり、私の額の髪をそっとよける。「さすがに”彼”に怒られそうだから、額にしか出来ないけど…。君の記憶を取り戻す手助けをさせて欲しい」そう言って彼は私の額に口づけを落とす。


 「さあ、行っておいで。君の愛した、最愛の人のもとへ」


 そう言って先輩は光の粒となってゆっくりと消えていった。



 先輩が輝き、消えてしまった空間を見つめながら、言葉を零した。


 「私の探し求めていた最愛の人は、先輩ではないの?」


 

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