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三月の別れ 2/3

 ーー先輩との約束の時間まで、あと3時間。


 先輩方と別れた私たちは帰路についていた。が、美子との間に珍しく会話は無く静かなものであった。


 - 雨が降りそうだな…


 私はぼんやりとそんなことを考えながら、どんどん暗くなっていく雲を見上げる。そして、自分の左胸に添えられている白い花を優しく撫でながら、最後の先輩たちとの会話を思い出していた。



*****



 式の後の先輩方との話は大いに盛り上がっていた。受験に合格したとの報告を受け、ほっと安堵したこともあり、受験勉強の苦しさや、今後の生活予定など、私たちはもう何も遠慮することなく、彼らに質問攻めをしていたのだ。


 「おい、きたぞ!」


 だが、そんな賑やかな話の中、徐に田辺先輩が誰かを見つけたようで、急に声を上げて山崎先輩の腕を肘でつつく。私たちも校舎の方へと振り返った。そこには次は赤い色の花を左胸に挿した女生徒たちが式から退場しているところであった。


 顔を上げた山崎先輩は綻んだ顔から、なにやら緊張を含んだ面持ちへとみるみる変わっていった。


 「行ってくるよ。じゃあ、二人とも。また機会があったら」


 そう言って田辺先輩に証書筒を一つ託し、遠くに見えるある一人の女生徒のもとへと颯爽と駆けていく。彼の後ろ姿を見て私たちは疑問に思い首をかしげた。


 「急にどうされたんだろう?」


 美子の呟く声に、田辺先輩が答える。


 「ほら、俺たち卒業式で花をもらったろ?男は白色、女は赤色の」そう言って左胸に挿してある一輪の白い花を指さす。「ずっと前からのこの学校の風習らしいんだが、好きな女の子に自分の花を贈って、この日に告白するんだ」


 「そんなこと知らなかったわ…」美子がほうっと羨望が混じったため息と共に言葉を落とす。


 「それで、もし女の子から赤い花を贈り返してもらえたら…それが返事さ。あいつはずっと片思いしていたからな~。花、貰えるといいんだけれど…」


 そう言って山崎先輩をみる彼の目は優しいものだった。私たちも遠くに行ってしまった先輩とその近くにいる小柄な女性に目を向ける。話していることは分からなかったが、お互いの胸に刺してある花の色が変わっていることに気が付いた。


 「先輩たちの邪魔になるし、そろそろ帰る?」


 羨ましいとか、嫉妬とか、説明しがたい疼いた感情が私の心を蝕み始めていた。


 「ああ!その前に!」私の冷たくなってしまった声に、はっとして田辺先輩が持っていた二つの証書筒のうち一つ筒を開けて、その中から白い花を取り出し私に手渡す。


 「本人から貰いたかっただろうけど…。これは君のぶんだよ」


 こうして、私の左胸にも白い花が咲いたのだ。




*****




 そんなことを思い出していた。


 「ねぇ?本当に岡部先輩に会いに行くの?」美子が私たちの沈黙を破り問いかけてきた。


 「えぇ。約束したから…」私は一瞬ドキリと肩を震わせた。


 美子には本当の事をまだ伝えていなかった。いや、伝えられなかった。彼女は未だに私がただ彼の指定した時間に、あの待ち合わせ場所へ行くとしか思っていない。だが、私の気持ちは先輩に鳩を飛ばした時から決して変わってはいないのだ。今日、私も先輩と共にこの町から去る予定、という事を…。それは美子との別れも意味するものである。今日が私たちにとっても最後、別れの日でもあった。親友にこのことを伝えてもいいのだろうか?でもきっと反対される…。そう思うと彼女へ自分の思いを正直に伝えることができなかった。


 「先輩が今元気にしているか、何があったのか聞いてくるだけだから…あまり心配しないで。また、連絡するわ」


 私は心の内を隠さんと精一杯の笑顔で答える。でも自分自身には分からない違和感が何かあったのだろう。美子の複雑な顔をして私を見つめていた。その表情は確かに私の目に入ったのだが、目をそっと閉じることで気づかないふりをした。

余談ですが、卒業式の時の男子生徒の第二ボタン。

これは1960年に公開された『紺碧の空遠く』という映画の軍服のボタンを渡すシーンが話題になり、影響されたものだそうです。

この話の舞台は残念ながら1950年代ですので、少し私なりにアレンジしてみました。

私も甘酸っぱい青春を体験したかったなぁ~。

(私の当時片思いの人は卒業式に参加しなかった為、もらえなかった…)

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