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三月の別れ 1/3

 先輩方の晴れ舞台の日は、どんよりとした暗い曇りの空模様だった。



 「もう、一年も終わりなのね…」


 通年ならば在校生も体育館に赴き、全校生徒で三年生の旅立ちを見守る。しかし今年は違った。卒業生を含む多数の在校生の退学による混乱と、先輩の傷害事件がまだ尾を引いていた為、卒業生以外の出席は前代未聞で不可となっていた。しかしながら正門の外には、それでも先輩方を見送らん、とたくさんの後輩たちと、好奇心の目を持った近所の人たちが野次馬のように押し寄せており、騒がしいものであった。そして当然ながら私たちもまた、冷たい風の吹く中、群衆に埋もれながらも正門のすぐ裏手に陣取り、今か今かと卒業生が出てくるのを待っていた。


 「先輩たちとは今年に入ってからまだ数えるほどしかお話しできていなかったわよね…」


 「受験があったからね…。どうだったのかしら…」


 「さすがに聞けないわ…。佐藤先輩から聞いてもらうとかどう?」 


 美子は軽く首を振る。「繊細な話なんて彼には向いていないもの。それに、今日は卓球部の集まりに行くとか言ってたし」


 「あら、珍しい」


 「式の後の後片付けで呼ばれてるみたい…」


 「…。そうなの…」


 そんな私たちのたわいない会話を遮るかのように、誰かの「万歳」との掛け声と、拍手が聞こえてきた。私たちもその声に導かれるように、校舎の方へと目をやる。そこには、体育館から出てきた卒業生たちが、こちらに手を振ってる様子が確認できた。私たちも目当ての二人を血眼になって探す。が、見当たらない。あっという間に、白色の花を左胸に挿した卒業生たちがぞろぞろと正門へと集まってきて、辺りはより賑やかなものになった。それぞれの知り合いと抱き合ったり、握手したり、大きな声で挨拶したりと、それぞれの最期の日をお互い祝っているようだ。


 「困ったわ。完全に見失ってしまったみたい…」


 「誰を見失ったんだい?」


 「あ、先輩…」困惑した声をかき消すように、どこから現れたのか、田辺先輩がずれた眼鏡を直しながら、後ろから話しかけてきた。隣で山崎先輩は「長い式だった~。やっと解放された~」と愚痴をこぼしている。


 「来てくれたんだね」私たちのもとに来た彼らはそう呟き、私も当然のように「当たり前です」と返した。


 「短い間でしたけど、楽しかったです。先輩がたは殆ど部活動してませんでしたけどね」


 美子のチクリとした嫌味に山崎先輩は肩を落として、「絵は苦手なんだよ」と苦笑いする。


 「ふふ、私たちからお祝いです」


 そう言って二人に無地の紙袋を手渡した。


 「なんだい?これ」二人とも目をパチクリとさせてそれと私たちを交互にみる。


 「心ばかりのお祝いの品です。ご卒業おめでとうございます」


 「ありがとう」優しく微笑む田辺先輩に「中を見てもいいかい?」と少年のような笑顔をした山崎先輩。


 私も軽く頷きながら、「是非。その中の絵なんですが、美子が描いたんですよ?」


 「お目汚しかもしれませんが…」


 謙遜する美子に構わず二人は中のものを勢いよく取り出す。


 「一年であの絵がこんなに上達するのか…」


 私たちからの贈り物というのは、簡単な花束と、あの部室で過ごした優しく温かな日々を彷彿させる絵が描かれている色紙であった。その絵は何かを指差しながら楽しげに笑う三人の先輩方と、そこに物申す佐藤先輩、そして端でそれらを見守る私たちが、淡い色で表現されているものである。それは、数日前から美子が佐藤先輩に描き方を教えてもらいながら、一所懸命描いたものであった。以前のものと比べ、同一人物が描いたのか疑わしいほどの、まるで写真のようなあまりにも美しい絵。私たちはその絵を汚さんと、先輩方へと贈る言葉を色紙の裏に添えたほどである。色紙に描かれた絵をみながら関心する田辺先輩の声に、美子は嬉しそうにニヤリと密かに笑みを浮かべていた。


 「本当に上達したな、ありがとう。帰ってから部屋に飾るよ」


 美子は恥ずかしさで顔を赤らめる。「本当は岡部先輩にもあったのだけど…」言葉をそう紡ぎ、話を変えようとする。「やはり、欠席だったのですか?」


 「…。そうだね。来てなかった…」眉を下げて山崎先輩は声を落とす。「でも、大丈夫。あいつは退学になっていないみたい。ほら…」そう言って二つ持っていたうちの一つのワニ皮柄の筒を上へ持ち上げる。「あいつの分の卒業証書はこの通り、おれが代わりに貰った!時期が来たらあいつに渡して、腹割って話すよ…」


 先輩方は何か知っていたのだろうか。以前のような戸惑いの色は一切感じられず、芯の通ったしっかりとした口調でそう私たちに伝えた。


 「それに、俺らは来月から大学生・・・だからな!」


 満面と笑みを浮かべ報告する彼らに、私たちはこれでもかと目を見開いた。


 「「本当ですか!?合格したのですね!一発で??きゃー!!!おめでとうございます!!」」


 


 私たちの最後の会話はこんな明るく楽しいものであった。

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