赤い追手
知っている道を歩いているはずなのに…。匂いが違った。足の感触が違った。すれ違う人々の雰囲気が違った。
「すいません…その…大丈夫ですか?」
目的地までの果てしない距離を歩いている最中、一人の女の子に声をかけられた。制服を着ているようだったので、おそらく学生だと思う。
「大丈夫よ。ありがとう」
- 見たことのない制服だな…
疑問に思いながらも、一応彼女に軽く会釈しながらお礼を述べ、歩を進める。
「でも…足、痛くないですか?あそこのベンチで一休みしません?」
彼女の目線は私の足元に向いていた。そうだった、靴を履いていないのだ。だから声をかけてくれたのか…。彼女の優しさに体が温かくなる。だが、正直なところ、こんな所で足止めを喰らいたくなかった。私はどうしても早くあの場所へと向かいたかったから。
「お気遣いありがとう。でも、本当に大丈夫なの」
彼女の不安げな顔に心がキュッと握り締められ、少しの罪悪感を覚えた。
- ありがとう
心の中で再度お礼をして、私はそそくらと逃げるようにしてこの場から走り去った。
だから、その後、あの女の子が鞄の中から婦人が持っていたのと同じ鉄の板を取り出したのも…、彼女はそれを指で弾いたりせず、なぜか耳元に当てていたのも…、何も見てはいなかった。
どのくらい歩いたのだろう?
女の子と別れてから暫くして、この歩いている大通りが突然大きな不快な音で覆われた。
「止まりなさい」
赤い光を放っている車からそんな声が聞こえた。そして、あろうことか、その声は私に向かって発せられていた。
- ただ待ち合わせ場所に向かっているだけなのに、なぜ止められるのだろう…?
私はその煩わしい警音と、男の威圧的な声に恐怖し、つい車の通れない脇道に逃げるようにして入ってしまった。でも、それは失敗だった。なぜなら、隣町に行くには大通りからの道のりしか私は知らなかったのだから。赤い追手から逃げるように無我夢中で必死に走っていた私には、今どこにいるのかあっという間に分からなくなってしまっていたのだ。
「いたぞ!」
更に不安を掻き立てるように、急に私の目の前に現れた大きな男が通せんぼのような格好をして、後ろの誰かに向かって叫んでいた。
「さぁ、もう大丈夫です」
男の後ろから顔を出した女性は、朗らかな笑みを浮かべて優しく手を差し出してきた。でも、今の私にはその笑顔さえ脅威に感じる。
- どうしよう?また捕まってしまう…。私は貴方に会いに行きたいだけなのに…
僅かな望みにかけ、今度は左手に見えた更に細い枝路へと一心不乱に駆けだした。
無心で走っていた私には、今どこへ向かっているのかさえ、何も分からなくなっていた。それはまるで迷路に迷い込んだかのようであった。だが、幸運なことに、この細道の奥にある出口からはあの大通りが見えたのだ。
- よかった。また戻ってこれた…。このまままたまっすぐ進めばあの公園に…
そうホッとし、大通りに足を踏み入れた瞬間だった。
突然、右手から大きな銀色の物体が見えた。それが車、それも大型の貨物自動車だと認識するまで時間はかからなかった。
「え…?」
大きなクラクションの音と誰かの悲鳴が私の鼓膜を突き破る。
何があったのか…。それに気がつく前に、私は本日何度目かの闇の中へ落ちていった。




