二月の孤独 4/4
私の父は人を見かけで判断しない。
私の父は噂を鵜呑みにしない。
私の父は…決して上っ面で人を見ない。
私はそう信じていた。だから時が止まった気がした。
なんで?なんで先輩のことよく知りもしないのにそんなこと言うの?
なんで?なんで噂をそんなに鵜呑みにするの?
頭で整理ができない。声にならない。
「先輩のお母様をそんな風に言わないでよ…」
私の涙を溜めた目から父は視線を逸らして続ける。
「だがな、梅子、よく聞け。本当の真実なんか誰にも分からん。火のないところに煙は立たぬというだろう?そういう噂がたつような行いをしてきた罰なんだ。それに、お前まで巻き込まれる必要なんてない。お前が幸せになるにはな?そんな噂の渦中の奴なんかと変に一緒におってはならん。つるんでならん。例え何もなくてもお前のことまでねじ曲がって噂になるんだ。いいか?戦時中はな…」
「戦争は終わったの!いつまでもそんなこと言わないでよ!悪いのは先輩でも、先輩のお母さんでも、お父さんでもないのよ?噂をたてる近所の人なんて嫌い!何かあれば戦時中は、戦時中は…だっていうお父さんも嫌い!噂を鵜呑みにして、人を貶すお父さんなんか一番大嫌い!」
涙を零さないでいることで精一杯だった。
「一番悪いのはあの兵隊だよ…戦争のせいで、あんなことがあったせいで…。彼女は…お母様は被害者なんだから…」
バタバタと階段を駆け上がる。途中パタンと扉が閉まる音が聞こえた。きっと私が大きな声をあげたから、理恵ちゃんか孝子ちゃんが扉を薄く開けて聞き耳でも立てていたのだろう。襖をあけると、百合子が驚いた顔で私を凝視していた。だが、そんな視線に目もくれず、一心不乱に机に向かい、そのまま先輩宛に手紙を書いた。それは、彼への心配や気遣いなど一切ないものだった。私の今の悲鳴だった。
ねぇ?先輩は覚えている?
私は貴方がこの手紙を本当に受け取れたかどうか知らない…。
でもね、この時は本当に辛かったの…。
大好きな人のお母さんが辛い死を選択してなお、知らない人たちに侮辱されている現実が…。
優しい人達に囲まれてるはずなのに、私は孤独に感じたの…。
窓を開けて外に置いていた籠の中の鳩の足に手紙をつける。冷たい風が部屋の中に入り込んできた。
「鳥屋が鳩を窓に飼ってるなんて…。変な噂になるじゃない!」
百合子は私の珍行動に目をつり上げて、珍しく大きな声で抗議の音をあげる。だが、私はその声を無視したまま、そのまま鳩を籠の外へと優しく放してやった。
「どうか、届いて…」
『私も一緒に遠くへ連れて行って』
私の悲痛な思いの手紙を乗せて、鳩は一羽寂しく闇の中へと羽ばたいて行った。