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二月の孤独 3/4

「梅子、ちょっといいか?」


 食事後の後片付けは私がしていた。当番を忘れていた私だけ何もしないというわけにはいかなかったから。急に涙を流す私に三人が驚き、片付けはしなくていい、と言ってはくれたが、「ちょっと目に染みただけだから…」と丁重にお断りした。それを聞いて百合子は「泣くほど塩辛いんじゃん」と、理恵ちゃんにニタニタ、チクチクつっかかっていたのは目を瞑ることにした。もちろん、彼女に対して少し申し訳ない感情も芽生えた。が、それよりも、なんとか誤魔化せたと言う安堵の方が大きかった。変に思われなかったか、皆んなをひかせてしまわなかったのか、私にはそこが一番気がかりだった。


 父に話しかけられたのは、全ての食器の洗い物も終わり、テーブル台を布巾で拭いていた時である。滅多に口を開くことのない父に、私の肩はぎくりとあがり、恐る恐る彼へと目線を向ける。父はお茶の間の母の仏壇の前で、何かのラジオを聞きながら焼酎を嗜んでいる最中であった。


 「はい」


 私はすぐに布巾を片付けて彼の元へと駆け寄る。皆んなと一緒にいるときに会話を交わすのは特に何も感じないのに、二人で改まって話す、となると、なぜだかかなり緊張する。私は茶の間のテーブルに近寄り、父の左側に正座した。


 「最近どうなんだ…?」


 「…?」


 父にしては抽象的な問いかけだった。いつもなら、はっきりと聞きたいことを問いたり、伝えたりするのに、今日は何か後ろめたいような、そんなもごもごとした話し方だった。


 「学校は変わりなく、過ごしているわ」


 「……」


 直接聞くことに対して何か躊躇っているようだった。父の緊張が私にも伝わってきた。一体何を私から聞きたいのだろう?少しの沈黙後、言葉を選びながら再度私に問う。


 「学校で何か変わったことはないのか?」


 「??そうね、美子が確か昨日…」


 父は学校で起きたことを知りたいのだろうか?最近確かに二人の間では談話が少ないしな、と思い昨日を思い出しながら伝えようとする。


 「美子ちゃんではなくて…。部活の…ほら、以前よく一緒に下校していた少年…」


 私はひゅっと息を呑んだ。悪いことをしているわけでない。でも、心拍数が上がり始める。


 「噂を聞いてな…その…」父は目の前の空になったグラスを眺めながら続ける。「色々やらかしたって…」


 父らしくない歯切れの悪い言い回しだった。先輩の事を言わんとしていることは分かる。だが、彼の何を知りたいのか、私から何を聞き出したいのか、理解に苦しんだ。


 「何のこと?」


 とぼけた声に父の固唾をのむ音が聞こえてきた。


 「親を殺そうとしたって聞いた」


 「先輩はそんなことしないわ。何か理由があったのか…」


 「理由があっても親殺しはしてはならん。大罪だぞ?わかっているのか?」


 父は決して怒鳴ったりしない。ただ優しく諭すように私に問いただす。父の注意に対して、恐怖を感じたことはない。ただ、自分の奥底まで見透かされているような気がして、ザワザワと不安が胸いっぱいに広がるのだ。


 「分かってるわ。でも先輩をよく知ってるからこそ、何か間違いだったのだとしか思えないのよ。ねぇ、お父さんは噂で左右されるひとじゃないでしょう?真実も分からないのに…」


 「だが、不貞の子だろう?パンパンだったそうじゃないか、しかも外国人相手に…。あいつらはな?自分達の尊厳より、金が第一なんだ。しかも、立派な家に嫁いでおいて、一目で分るような子を生むなんて…。生ませるなんて…。なんて穢らわしい。母親も母親だが、父親も父親だ。いいか?今後一切の付き合いを禁じる。これはお前のことを思ってのことなんだからな…」


 ガツンと誰かに頭を殴られた気がした。ぐわんぐわんと頭が回る。今目の前で話しているのは誰なんだろう?私の父?そんなわけない。そんなはずない…。


 

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