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二月の孤独 2/4

  後ろから聞こえてきた低い声の主へと視線を送る。そこにはじっとこちらを冷ややかに見つめる光一さんがいた。急なことで多少驚きはしたものの、「なんのこと?」と優しい笑みを浮かべ答える。その際に彼の手を払おうとしたが、癪に障ったのか、腕を握りしめる力がより一層強くなった。


 「あいつが何処にいるか俺は知ってる。何があったのかも…。だからこそ、もう追うな。忘れろ」


 彼は私から目を離さない。だから、自然と見つめあった。いつも無口な彼の目は何故だか少し怒っているような、そんな強い眼差しだった。


 「何言って…」


 「理恵ちゃんたち、まだ居間にいるからさ、早く行こう?それに、お父さんの機嫌もなんだか悪いし…。さっさと片付けもしないとだし!」


 私が口を開いた時だった。二人のただならぬ雰囲気を感じとったのか、百合子は私の言葉を遮り、急いだ様子でまくしたてる。そんな声に驚いて彼の手の力が一瞬緩んだ。百合子はそれを見逃さず、光一さんが掴んだ方と逆の腕を引っ張っり、私たちは二人で一階へと駆け降りていった。


 光一さんの強い視線を未だにひしひしと背中に感じる。だが、そんなことよりも私が困っているのかも、と考え行動に移した妹の健気な気遣いに胸が熱くなった。正直なところ、先輩の事を知りたい気持ちはあったのだ。けれど、やはり本人の口からちゃんと聞け、という天からの思し召しかもしれない、そう思うことにした。


 自分のことを隠しているばかりで、何一つ妹の不安をぬぐい取ってあげられていない情けない姉だ。


 - 今のこの感情が落ち着いて、整理ができたら…。その時はちゃんと伝えよう…


 私は密かにそう決心した。





 一階に降りると、理恵ちゃんと孝子ちゃんが姉妹で食卓でお茶会をしていた。私たちを見るとニコリと微笑んで手を振ってくる。


 「梅ちゃん」孝子ちゃんが私に諭す。「何があったのか分からないけどさ、ほらご飯食べて元気出そう?」


 その声に優しく笑みを返す。誰も私を必要以上に詮索しない。今の私にはこの皆の優しい心遣いが嬉しかった。いつだって私の周りは優しい人で溢れているのだ。自分が恵まれたものだと再認識しつつ、白い食卓傘が置いてあるいつもの自席へと腰を下ろした。


 「この煮物の味付けを理恵ちゃんがしてくれたのよ。味…どう?」傘をどけるや否や、目の前に現れた大根とお肉の煮物を指して百合子は尋ねる。


 確かにいつも早苗さんや私たちが作るそれとは違って色がかなり濃い。恐る恐る一口サイズよりもう少し小さく切って口に運ぶ。そして、それらが舌に触れた時、少しびっくりした。いつもよりだいぶ塩っぱい。私の萎んだ表情に百合子は何故だか嬉しそうな顔をしている。


 「ほら〜やっぱり!絶対におかしいって言ったじゃん!」


 「これか我が家の味なんだけどなぁ」理恵ちゃんのボソリと呟いた声に、孝子ちゃんも「そうそう」と同調する。


 「ってことは、もしかしていつもの味付け薄かったりするの!?」悲しそうに聞く妹に今度は二人とも両手を前に出して思い切り否定した。


 「「全然!全然!薄くないよ!上品な味!」」


 「ほんとうに??」


 三人の暖かな笑い声は何故だか遠いところから聞こえる気がした。それはまるで彼女たちの団欒をどこか遠い場所から見ているようだった。それなのに、何故だろう?本日何度目かのじんわりとした温かなものが胸いっぱいに広がっていく。


 - 先輩はご家族の人とこんなどうでもいいようなことを言い合ったりしたことがあったのだろうか? 誰かと笑って楽しんで食事とったりしたことがあったのだろうか?


 「お姉ちゃんどうしたの?」


 いつもの何気ないやりとりだ。なのに、気がつくと私の頬には一筋の涙が流れていた。

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