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脱出

 私は抱きしめた絵葉書を、再度枕の中へとしまった。この部屋から出ると決めた時は、それを一緒に持って行こうと考えてはいた。だが、それをしまうポケットも入れ物も、私は何も持ち合わせていないという事に気が付く。どこかに紛失してしまうのを恐れた私は、もしまたこの部屋へと連れ戻されてしまった時のことを考え、同じ場所に隠しておくことに決めたのだ。未来の私が再度発見できますように…と、心の中で祈りながら。


 その後、周りを見渡した。外に脱出する為の手がかりが何かあるかも知れないと思ったからだ。だが、既に線香の灯が消えてしまった仏壇以外には何もない。


 私はため息をついて、何もないだろうとは分かってはいるものの、念のために仏壇へと足を進めることにした。近づいて仏壇の中をそろりと覗く。そこには年老いた白髪頭で黒い太い眼鏡をかけた男性の写真が飾ってあった。その人は父ではなかった。全く持って知らない人であった。だが、その人を見るとなぜだか懐かしく、愛おしい感情が胸の奥底から溢れてくる。


 「それでは、また二日後宜しくお願いします」


 「こちらこそお願いいたします」


 写真を戸惑いながら見ていると、女性たちの声が急に扉の近くから聞こえてきた。びくりと肩を震わせ、急ぎながら、けれども音を立てないように慎重に、先ほどまでいた腰掛け兼ベットへと咄嗟に戻る。段々と彼女たちの声が大きくなった。近づいてくる。だが、彼女たちはこの部屋の前を通り過ぎて更に先へと進んでいった。こちらに来る気配は一切感じられない。


 それから少しの間、彼女たちが玄関の方で何かガサゴソと探したり、バタバタと慌てて何かを準備する音が聞こえ、その後一気に静かになった。


 - 皆どこかにいったのかしら?


 急にしんと静まり返ったこの家の気配に、私はドキドキと心臓のを高く鳴らす。そしてそっと扉に耳をあて音を探した。だが、何も聞こえない。何の気配も感じない。


 次にそっと扉を開けてみることにした。ゆっくりと…ゆっくりと…。音をたてぬよう慎重に…。扉の向こうには、やはり誰もいない。何の気配も感じない。


 - 今なら大丈夫なのではないかしら?


 私はそう思い忍び足で部屋から出た。その時かたんと扉が小さな音を発したのだが、静まり返った部屋に響いただけで、誰かが私を確認しに来ることはなかった。


 - あなたに会いたい…。花時計のあの場所であなたに…


 私はもうこの家の中に誰もいないのだと確信を持った。我を忘れ、無我夢中で玄関へと突き進む。



 扉のノブは今まで見たことのない不思議な形のものであったが、少し四苦八苦したのち玄関を開けることについに成功した。こうして私はこの家から足を踏み出し、脱出した。

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