十二月の年越し 3/5
結局、家族と居候、そして先輩を含めた計7名全員で年越しと初詣を共にすることとなった。時刻は23時を少し過ぎた頃。父と光一さんを先頭に、私たちは歩いて20分ほどの所にある神社まで向かい始める。私は先輩と列の一番後ろに二人で並ぶ。前から百合子たちの笑い声が聞こえてきた。この賑やかな光景の中に先輩が居ることが未だに信じられないし、本当に心から嬉しく思う。
「こんなに騒がしい参拝になってしまってすいません…」
「別に問題ないよ。俺自身、賑やかな家族に憧れがあったから、これでも結構楽しんでるんだ」
先輩のはにかんだ顔に私の胸は少しきゅんと締め付けられた。
少し長い道路で私は意を決して先輩に問いかけることにした。「あの…」言葉を探す。「不躾かもしれませんが、結局どちらの大学を受けられることに決めたのですか?」
聞きたくてもずっと聞けなかったこと…。この浮かれた雰囲気に乗じて、簡単に口にすることができた。
「父の言われた大学…」先輩は下に俯きはしたものの、躊躇なく話してくれた。「その大学に出願届をだすふりをして、東京の藝大に送ったんだ。父はありがたいことに最近家を留守にしがちだし、奉公人には理由を伏せて、先に郵便物を確認させてもらってる。ようやくこの前受験票が届いたんだけど、まだ誰にも気づかれてない」
「そうだったんですね…」私は少し胸を撫でおろした。我慢ばかりしていた先輩が、ようやく自分で道を切り開き始めたのだ。もし見つかれば勘当になるのだろうか?きっと行く先は茨の道になるのかもしれない…。それでも……。「私はいつでも先輩の味方です」これだけははっきりと先輩の目を見つめて伝えてた。
神社の鳥居の前には急な階段があるのだが、普段と打って変わって大勢の参拝客でその階段が埋め尽くされていた。私たちはその列の最後尾に並び、活気ある周りの出店を眺める。
「ちょっと!アツアツのお二人さん!」ぼーっと人酔いしていた私たちに向かって、孝子ちゃんが冷やかしてきた。「そろそろ年が明けるわよ!」
誰かが年越しの秒読み(カウントダウン)を始めた。周りの人たちもその声に便乗し、まるで大合唱のようにそれが響き渡る。
私と先輩はどちらともなく目があい、そのまま見つめ合った。そっと先輩の手が私の指先に触れる。私もその温かな手をおどおどしながら触り返した。
「「あけましておめでとうございます」」
二人で手を紡いで年を越した。周りの喧騒が聞こえなくなる。まるで先輩と私だけ違う世界に迷い込んだ…そんな気持ちになった初めての心温かな年越しだった。
※昔は年越しと借金取りはセットだった模様です。
先輩の父が家を留守がちだったのは、
こういった理由からです。