四月の出会い 4/4
人は並んでたが、思ったよりも早く自分の番がきた。並んでいる間に少しお腹が鳴ってしまったため、晩御飯と、私と百合子の帰り道の軽食に2つ余分にコロッケを購入した。待ち合わせなんて、と少しこそばゆい思いをかみしめながら、急いで公園へと向かう。空は薄い雲の間からきれいな青色をのぞかせていたのだが、遠くのそれは少し赤らみ始めていた。
花時計が見えてきたため、私は遠くからベンチに座っているであろう水玉模様のワンピース姿の女の子を探す。すぐに見つかると思っていたのに全くそれらしき影が見つからない。私は嫌な汗をかき心臓が縮みあがる思いで彼女を模索した。嫌な風が吹き私の不安を煽る。花時計へとようやく近づいたとき、よく見ると、知らない男性の陰から彼女の服の端がみえた。私は百合子が男の人に絡まれているのかも、と直感でそう思い、ひどい形相で急いで彼らの腰かけているベンチへ向かう。
「私の妹に何か用ですか?」
強い口調での問いかけに、百合子の隣にいた男性が顔をあげた。そして私ははっと息をのんだ。見目が私たちのものとは違う。髪の色こそ焦げ茶のような淡い黒色とでもいえばよいのか、そんな色であったのだが、彼の眼は美しい空の色をしており、鼻がすっと高かった。異国の人のそれと似ていた。そして同時に失態をおかしてしまった、と後悔した。
「お姉ちゃん」百合子は笑顔で一枚の紙を私に渡しながらそう声をかけ、この青年の陰からひょっこり顔をだす。「見てよ、この人すっごい絵が上手なのよ」そこには色鉛筆で描かれた淡い色で、けれども華やかさもまた表現された目の前の花時計と瓜二つのそれの絵が描かれていた。百合子は顔を赤らめ、「隣で最初は見てただけだったのだけど、あまりにも上手だったから…。つい声をかけてしまって…もらったの」と呟いた。
私は我に返り、「妹が先に失礼をしてしまったのですね。不躾なことをしてしまい申し訳ありません」と頭を下げる。自分の早とちりに顔が赤くなる。とても恥ずかしい気持ちであった。
「そんな、大丈夫ですよ」彼は視線を落とした。意外と彼の顔に似合わない低い太い声だな、と私はぼんやりとそう思いながら彼を見つめる。だが、すでに新たに絵を描き始めた彼と目が合うことはなかった。
妹は、「また花時計かくの?今度は私をかいてよ」なんて呑気に彼に依頼していたが、彼は乾いた声で笑い、上手にその話題を交わしていた。私は先ほど百合子からもらった絵を再度見る。本当にきれいだった。額縁に入れて飾れば本物の画家が描いたようにも見える。
「この絵はおいくらですか?」無意識に口から零れ落ちた。
「僕は絵を売っているのではありません」むっとした声で返してくる。その時再度彼が顔を上げたのだが、やはりその目は美しかった。飲み込まれるかと思った。「こちらの子が欲しいと言ってくれたので差し上げただけです。お礼なんかいりません」
「百合子だよ、名前」
「それでもこんなきれいな絵をタダでもらうなんて…」妹の空気を読まない発言を無視して、私は声を落として言う。しかし、すぐに思い出し、再度尋ねた。「そうだわ、お腹すいていませんか?」
彼は訝し気な顔でこちらを見る。「お礼はいらないとのことでしたが、やはり人様のものをタダでもらうなんて私にはできません。良ければ頂いてください」彼に半ば強引に軽食用に買ったコロッケを一つ渡してそういった。彼は一度手のひらをみせ拒もうとしたが、私の必死の表情に思いなおしてくれたのか、少し微笑んで「それでは有難くお呼ばれします」と言って受け取ってくれた。私はもう一つのそれを妹に渡してベンチに腰掛けた。3人並んでベンチに座って、周りから見れば仲の良い3兄弟だと思われたに違いない。
妹と青年は私のいない間にかなり仲良くなったようで、世間話をしながらコロッケを食べていた。私はそれを聞いているだけ。夕陽が私たちの顔を赤く照らしていた。横目で彼の食べてる姿を見ていたのだが、やはり彫刻のようにきれいな見目だった。心地よい風が今度は私たちを包む。
これが私と彼の出会いであった。