十一月の告白 5/5
「おい!一年!そろそろ片付け始めろよ〜!」
一階が騒がしくなって来た。恐らく運動部の活動が終わり、着替えや後片付けを始めだしたのだろう。だが、そんな騒音はもっと遠くで起こっているもののように聞こえる。
私は目の前の先輩を見つめ返した。空色の美しい瞳と目が重なり合う。まるで私たちだけどこか違う空間にでもいるように感じる。
「私もです…」
ようやく私の口から絞り出された声は余りにも小さく、普段なら外の喧騒にかき消されていたであろう。だが、いつもとは違う空気に包まれた私たちには関係なかった。先輩の耳にもしっかりと届いていたようだ。彼はその美しい目を大きく見開いて、口を何かパクパクと動かし始めた。
「百合子と話している先輩を公園で見た時、ただ綺麗な人だと…、彫刻の様な人だと感じてました…」
「俺も夕陽に照らされた君を綺麗だと思ってたよ…」
「先輩を保健室で拝見した時は、心臓が止まるかと思ってました…」
「あの時はカーテン閉め切ってて悪かった…」
「学生運動みたいな活動を行なっている先輩は、大変刺激的でした…」
「米国を取り敢えず批判したかっただけさ…」
「絵のためとはいえ、ずっと見られていたの、緊張と恥ずかしさとでいっぱいだったんです…涙が出そうでした…」
「ごめんね、でもありがとう」
「佐藤先輩と喧嘩された時、どうしたらいいか不安でした…」
「俺が子どもだった…意地張ってただけだったよ…」
「でも、夏休みに再開できて本当に嬉しかったんです…」
「あの日々は楽しかったね…」
「先輩の絵を描く為にお手伝いできる事があってホッとしました…」
「すっごい助かったよ、ありがとう…」
「先輩の油絵、やっぱり素敵で綺麗で…。私大好きです」
「そう言ってもらえて光栄だよ」
「本当の先輩を…、辛い生い立ちや、苦しい経験を私なんかに話してくれてありがとうございます」
「君だから話したんだよ…」
「わたしも…」声が震える。涙が目に溜まって今にも溢れてしまいそうだ。でも私も思いを…彼に私の気持ちを早く伝えたい。
「私も先輩をお慕いしています。もうずっと。何ヶ月も…」
外はすっかり暗くなっていた。教室内に入り込んだ冷気が二人を我に帰す。もう、体は熱を感じてはいない。二人はこれ以上言葉を発することはなかった。だが、二人だけに相通じる空気が彼らを優しく包む。
こうして私たちの交際が始まった。




