四月の出会い 3/4
私たちは家を出た後、まず初めに父のお店へ向かった。家から少し離れたところに大きな商店街があるのだが、そこの中心部分に父のお店は構えてあった。
お店に着くといつものように数名だが列をなしており、部屋に籠っていると思っていた光一さんが手伝いをしているのが見えた。この時代、卵も鶏肉も高価なものであったのだが、父の店はお盆や正月など、季節の行事関係なく繁盛しており、周りの友人たちに比べると、私たちはいくらか裕福な暮らしをしていたと思う。たくさんの人が平日も休日も問わず求めてくれていた為、いつも人手不足で本来は私が毎日父の店の手伝いをしているのだ。今日のような大事な用事がある日を除いてだが。
私たちは接客の邪魔にならないようにお店の裏手に回り、父の姿を探す。父は何かの仕込みをしている最中であった。声をかけようか迷っていると、ふと父がこちらに視線を向けたので、大きく口を開けて声を出さずに「と・な・り・ま・ち・いっ・て・き・ま・す」と合図を送った。父には通じたのだろう。右手を軽く挙げて振り返してくれた。
隣町には自転車で行くのが一番てっとり早いのだが、私たちは折角綺麗にしてくれた髪の毛を風でボサボサに乱れさせたくはなかったため、バスで行くことにした。百合子は久々のバスに目を輝かせて、終始笑みがこぼれていた。折角の化粧で大人びて見えるのに、やはりまだまだ子供だな、と私は心の中でほくそ笑んだ。
自転車では30、40分、バスでは20分ほどの距離にある大きな公園の前にある停留所。ここが最寄りバス停である。映画館へはこの公園を突き抜けなければならないのだが、公園の中には小さいが色とりどりの花で飾られた花時計があり、それを囲むようにベンチが設置されてあった。分かりやすいシンボルと、腰を掛けるところが数多くあったため、アベックの待ち合わせにとても人気な場所であった。私たちはというと、待ち合わせの必要はないため、その花時計を片目で眺めながら公園を抜け、そのまま映画館へと向かった。
映画館に着くと、思ったより人が多かった。私は急いで上映場を確認する。「絶対最初は ”また逢う日まで”よ。今流行りなんだから。ラジオでもよく聞くし、絶対にみたいの」と来る道中で百合子が何度も強く主張してきたからだ。案の定、席は埋まっていた。が、立ち見でも大丈夫、というので、売り子さんからラムネやらおせんやら色々買って二人で映画を楽しむことにした。
映画は結局3作品しか見ることが出来なかった。もう一作品見たいと妹は暫く駄々をこねていたのだが、私は決して首を縦に振らなかった。何しろ私の目はチカチカしてもう限界であったし、今から帰って夕食の用意もしなければならない。妹には我慢ばかりさせて申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、理解して欲しい、とも思った。
これは許可することはないな、と妹は感じ取ったからか、「じゃあ、一つお願いしてもいい?」と今度は眉を下げて甘えた声でおねだりしてきた。「待ち合わせしてみたい」
私はそんなことか、と思い、二つ返事で了承した。
「映画館の裏にね、おいしいコロッケ屋さんがあるってクラスの子が言ってたの。お姉ちゃんはそれを買ってきてよ!私は花時計前のベンチで待ってるから!待ち合わせよ、待ち合わせ!」
「お願い事2つになってない?」私は怪訝な顔をして問いたが、彼女は頬笑をくずさない。致し方ないので、私はおれることにし、百合子と別れ、映画館の裏へと向かった。
何度もこの映画館には来たことがあったのだが、コロッケ屋が近くにあるなんて知らなかった。だが、確かに裏に回ると、香ばしい匂いが漂ってきて、真新しい看板の近くに既に並んでいる10名程の列が目に入った。私は最後尾に並び、前の人たちの注文する姿を眺めていた。どうやらコロッケしか置いていないようだ。こんなに列が作られるほど美味しいのか、と私は少し興味が湧き、今日の晩御飯にみんなの分も買って帰ろう、と心に決めた。