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十月の真実(中)5/5 ※

 前話の続きで重たいです。

 また、女性蔑視発言出てきます。

 保険で※印いれています。

 ご注意下さい。

 あれから月麦の世界はモノクロのものとなり、何も感じることが出来なくなってしまった。一度旅館に戻り体を清められたことも、ほかほかとした温かな服装に着替えさせられたことも何も覚えてはいない。五感を失った彼女は、まるで人形のようであった。


 ただ、男を見るときだけは異常に反応した。体の奥底にある恐怖が蘇るのだ。あの事件後、すぐに一度だけ医者が訪ねて来た。月麦はそのものに身震いした。年は幾らかいっていたのだが、見た目に反し少し大柄な男だった。彼に触れられる事を拒絶し、無我夢中でその場から逃げ出そうとする。


 進一もまたそんな彼女にどう接していいか分からなくなっていた。抱きしめて安心させてやりたいのに、男を極端に嫌がる彼女に触れることが躊躇われた。目の前の崩れ落ちていく脆くなった月麦を見て、自分の無力さに呆然とした。彼女を守ってやれなかった自分に激しく吐き気を覚える。




 進一と月麦が家に帰って来たのは、あの事件から五日後のことだった。まだ月麦を落ち着かせてやりたかったのだが、仕事が溜まりに溜まりどうしてもその日に帰らねばならなかったから。彼女は行きと違い足取りも重く、顔色は青白く、まるで病人のようであった。


 予定よりかなり遅く帰ってきた進一達を、奉公人や近所の人達はも何があったのかと、彼らを一目見ようと屋敷周りに群がった。腫れが大分治ったとはいえ、顔に切れ傷やアザのある進一と、如何にも死にそうな表情をした月麦をみて、彼らは無惨にもひそひそと新たな噂を立てる。『とうとう離縁が決まったのではないか…』と。


 その噂が尋常ではない速さで広まったのは必然だった。進一が仕事を理由に家に帰らなくなったから。あれだけ時間を作り月麦と過ごすことを一番としていた彼の変化は、瞬く間に周囲の格好の獲物となった。


 『とうとう愛想を尽かされて、捨てられた女』


 『建前のためだけに離縁されない女』


 『子の成せない生産性のない女』


 だがどんな酷い噂も、幸か不幸か月麦の耳には届かない。彼女はあの日から時が止まっていた。自分を既に見失い、生きる屍に変わり果てていたのだから……。





***





 その日は突然やってきた。一人の奉公人が久方ぶりに帰ってきた主人である進一に、あることを伝えたのがきっかけだった。その年季奉公人は、年の若い女で、戦争で仕事が無くなった家族のために出稼ぎに来ていたものだった。岡田家の噂にも疎かったため、進一は月麦と歳の近いこの女を彼女の世話をする者として新たに雇ったのであった。


 「奥さまの調子が良くなさそうなのです。よくかわやに行かれ、何やら吐き気を催されるている様なのですが…。お医者様に診ていただいたほうが良いかと……」


 彼女は優しく、この伝言はほんの親切心だった。月麦が噂に心を砕かれたと思い、何とか彼女を同じ女として救ってやりたい、と思ってのことだった。


 進一はあの事件に心を病んで、体に不調が来ているものだと信じて疑わなかった。男に触れられる事ができなくなった月麦を思い、女の医師を探した。ようやく見つけた隣の県にいた女医師が彼女を診察したのは、あの忌々しい事件からもうすぐ三ヶ月経つ、雪が舞い始めた頃であった。





 「おめでとうございます。ご懐妊です」





 その言葉は、進一の心を惑わせ、月麦の心を踏み躙るものだった。



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