十月の真実(中)3/5 ※
差別用語が出てきます。
辛いイジメ?描写もあります。
ご容赦くださいm(_ _)m
「この、石女が…!」
それは起こるべきして起きたことだった。
どれだけ仕事が忙しくでも、どれだけ世間の風当たりが強くても、家庭を何より一番に大事に思う進一は、理想の旦那像として周り近所からは羨まれていた。だが、いつしかそれは妬みに変わり、次第に妻である月麦に牙を剥く。
二年という短くはない間、なかなか子どもを授かることのなかった月麦のもとには、嫌な噂が立つようになった。初めはほんの小さな違和感だった。だが、気にしなければ気にしないほど、それはますます強く、大きくなっていく。気づいた時には事実と異なる噂が既に広まりきってしまっていた。
『あそこの旦那が仕事に熱中できないのは、まだ跡継ぎがいないからよ』
『あの石女ってね?旦那様に会う前、田舎で子どもを何人も堕したことがあるって聞いたわ』
『跡継ぎも産まないで、女主人面なんて!まぁ、図々しい』
『旦那様はアバズレの女に騙されたのよ、可哀想に…』
『女に首ったけの男も頼りがないもんだねぇ…』
『一族の主が、そんなアバズレ女を見抜けないなんて…大丈夫なのかしら?この家もすぐに廃れるわよ。きっと』
『岡田家の恥』
月麦への嫌味が、やがて進一への悪口に変わっていく。そしてそれは少しずつだが確実に、岡田家の事業にも影響していった。見るに見かねた親戚達は、屋敷にやってきては進一に離縁するよう進言した。だが進一は「何を馬鹿なことを」と、鼻で笑い彼らを追い返した。すると、次は進一が家にいない時にやってきては、月麦に辛辣な言葉を投げかけるのだった。彼女から離縁を言い出すように…。だが、月麦もまた進一を愛していたため、それは到底受け入れられなかった。次第に月麦は子どもができない事に心を病み、人間不信も相まって部屋に篭ってしまうようになる。
進一はそんな月麦に声をかけ続ける。「きっと自分に問題があるんだ。月麦は心配しなくてもいい、いつか養子を取れば良い」と…。でも、月麦は決して頭を縦には振らなかった。振ることができなかった。もう、彼のそんな優しさに疲れ果て、胸が苦しかった。篭った小さな部屋の中、彼女は自分で自分を罵倒し、一人静かに涙を流した。
離縁を望まない進一に、親戚一同は今度は妾を取ってはどうかと提案する。だが、彼の心には月麦しかいなかった。彼女がいればそれで良かった。彼女の他に人を愛すること何て出来ない。当然のようにその提案を突っぱねた。そして、そんな進一を見限った親類は、自分たちに火の粉が降りかからぬよう、一人また一人と進一の元から去って行った。
やがて進一自身が築き上げてきた信頼は音を立てて崩れていき、次から次へと仕事が減っていた。
そんなある日、進一は唯一見捨てられなかったある取引先の人の勧めで占い師に会う。昔、進一の父もその人に相談をよくしていたそうだ。半信半疑で会ったその占い師は、とても厚い化粧を施し、なにやら輝かしい宝石を散りばめていた。年齢がよく分からないその女はこう進一に囁いた。
「女に子が成せないのは、精神面も関係する。一度休みを取り、夫婦ゆっくり喧騒と離れたところで過ごすがいい」
見た目は好きにはなれなかったのだが、彼女の言うことには一理あると思った。そこで、月麦に少し都市部から外れた所の温泉地に向かおうと提案する。きっと月麦も気にいるだろう。なぜならそこは彼女の実家に劣らないほどの、立派で美しい金色の絨毯に囲まれた地なのだから。彼女が少しでも前を向いてくれれば…。ただそれだけの儚い願いだった。
月麦は暫くの間悩んでいたが、渋々了承した。『最後の我儘に彼と穏やかな時を過ごしたい。そして、この旅行後に意を決して進一にあることを伝えよう…』と。
そして、これが彼らの悲劇の始まりだった。