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十月の真実(上)3/4

 汽車から降り立った進一の目の前には神秘的な景色が広がっていた。あたり一面黄金色に光り輝いているそれは、山から吹く心地よい風になびき、サワサワと優しい音楽を奏でていた。


 「岡田進一さんですか?」


 目の前の風景に見惚れていた進一は隣に人が並んだことに気がつかなかった。鈴の様な麗しい声にびくりと肩を震わせその主を見た。


 「畠中の娘の月麦と申します。遠いところお疲れでしょう。今、私しか手が空いていなくて…。屋敷まで徒歩となり申し訳ございませんが、案内させて頂きます」そう言った彼女は頭巾を脱いで進一に大きくお辞儀をした。彼女は動きやすいモンペの服を着ていたのだが、それは上等な着物に合わせられていた。彼女の装いはあべこべであり、思わず進一は眉間に皺を寄せる。たが、彼女が顔を上げ、その漆黒な瞳と目があった時、進一の時は止まった。一瞬にして恋に落ちたのだ。彼女の儚げにはにかむ表情に進一は一目惚れした。



 


 屋敷は山の麓近くにあった。二人は歩きながら向かう。進一は自身の横を歩く小さな存在に胸を高鳴らせていた。彼女に面した自分の半身が熱くなっていくのが分かった。


 一方、月麦は彼に不思議な感情を抱いていた。父からは、「金にモノを言わせて、徴兵を逃れている意気地なし」とか、「世間を知らないお坊ちゃん」とか、「一族以外の人間をヒトとも思っていない薄情な家のせがれ」などと聞いていたので、どんなに不躾な人が来るのかと身構えていた。しかし、実際にみた進一は想像より遥かによい好青年であった。家宝をこれ見よがしに沢山持ってくるのかと思われた彼の荷物は、たった一つ。しかも小さなモノであった。彼女はそれを代わりに持とうとする。


 「大丈夫。自分で運ぶから」とっさに進一は自分の荷物を彼女の手から奪った。「少ないとはいえ、多少重みはある。女性には持たせられないよ」


 進一は自分の思っていた人間像と違う。彼が自分の旦那になるのか…。変な人ではなさそうでよかった…。月麦は心底安堵した。そして、彼に再度会釈し屋敷まで彼を案内した。






 屋敷には数名の年季奉公人と、月麦の両親の数名しか住んでいない。奉公人は皆歳を召した老人しかおらず、若い者は誰一人としていなかった。


 「本日よりお世話になります。岡田進一と申します」月麦の両親に進一は丁寧に挨拶をする。彼らもまた、余りにも少ない彼の荷物に驚いていた。てっきり、田舎にもかかわらず贅沢をしたがる、我儘な碌でもない男が来るのかと思っていたから。


 「そんなに畏まらないでください」月麦の母親は穏やかに微笑んだ。「こちらこそ、月麦を宜しくお願い致します。もてなしもほとんど何も出来ませんが、こちらでごゆるりとお過ごし下さいね」


 「私は旅行に来たのではありません。男にしか出来ない仕事もあるでしょう。私もこちらでお世話になる以上、しっかりと仕事はさせて頂きます。こちらこそ、宜しくお願いいたします」


 「最初、兵役召集を逃れるために疎開させたいと人伝えに聞いた時は、どんないい加減な人が来るのかと思っていたのだが…」月麦の父は顎に手をかけ、呟いた。「進一君が良さそうな男で安心したよ。だがな、ここにいる以上は私に従ってもらう。山奥にはね、今疎開に来ている学童の子どもたちがいる。彼らの中には両親や、或いは兄が徴兵に行ったものもある。この村の若者たちも然りだ。今、この村には若い男は君以外いない。だからね、悪いがくれぐれも屋敷の外にはでないでほしい…。変な噂を流されない為にも…」


 進一は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、渋々了承した。彼は理解したのだ。岡田家という籠から、畠中家という新たな籠に自分は移り住んだだけなのだと。

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