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十月の真実(上)1/4

この章はマイルドに徹しますが、

少しショッキングな表現が後半の方に出てきます。

R15なのかは疑問なのですが、

その際には念のためタイトルに※印をつけます。

予めご容赦ください。

 先輩方が書いた絵は美術部の後ろに飾られることになった。だが、それも最初の一週間の間だけだった。佐藤先輩はお兄さんの絵を家へこっそりと持って帰ってしまい、残りの絵たちはいつの間にか白い布が、まるでその絵の存在を隠すかのように覆ってしまったからだ。


 絵が完成した当日、私と美子は田辺先輩、山﨑先輩らと共に一緒にお披露目会に招待された。胸の高まる思いで3階の研究室に足を踏み入れた時、独特な油絵具の香りが鼻を刺激した。私はその匂いに少し目を潤ませて奥を見る。そこには茜色に染まった教室に佐藤先輩と岡田先輩が絵を介して並んで立っていた。先輩はあの日の…、初めて花時計の前で見た日と同じように、彼の頬は夕陽に優しく色付けられていた。


 彼らの間には二枚のキャンパスが並べられていた。岡田先輩の横にある二人分ほどの大きなキャンパスには、この旧校舎が描かれていた。まるで写真のように、だがそれよりも温かく、優しい雰囲気のものだった。一方で佐藤先輩の横には小さなキャンパスに男性の絵が置かれていた。その絵を見て「お兄さんも先輩によく似て優しい目をしてるのね」と美子が呟いた。佐藤先輩は恥ずかしそうに頭をポリポリと搔く。美子の言う通りそれは先輩の兄の絵だった。


 そして、最後の絵は先輩の後ろに隠れる様にして置いてあった。それは佐藤先輩のもの同じく小さなキャンパスに描かれていた。最初私はその絵が夕陽のせいでよく見えないのだと思っていた。だが、そうではないと知った時、私は申し訳ないのだが背中に悪寒が走るのを感じた。何故ならその絵の女性はのっぺらぼう。顔が描かれていなかったのだから。その絵を見た時の先輩方のあの…、苦虫を噛み潰したような顔を私は今も鮮明に覚えている。


 次の日、協力してくれた化学研究部の部員の皆んなへ彼らの絵をお披露目した。と、言っても二人で合作した旧校舎の絵だけである。彼らはその絵に感嘆し、それぞれ褒め称えていた。佐藤先輩は顔を赤らめながら、絵を描いていたのが本当は私たちではないと真実を告げる。誰も怒りはしなかった。彼らは私たちが絵を描いてないという事実にとっくの前から気づいていたからだと思う。


 「やっぱり壮大で美しい」


 誰かの呟いた声が耳に入った。






 私は今、一人で三階の部室の真上の部屋にいる。他の皆んなはきっと部室で一緒に団欒でもしているのだろう。だが、何だかあの輪に入ることが躊躇われた。と言うのも、最近の佐藤先輩と美子の仲に少し違和感を感じていたから。よく二人だけの世界にいる様な空気を発しており、私は度々疎外感を感じていた。自分のそんな嫌な気持ちを知られたくなく、一人ここにやってきたのだ。気持ちを押し殺すように、私はもうすっかり綺麗になった机に右頬をつけ、決して開けられることのない窓を眺めていた。


 「一人で何してるの?」急に頭上からやけに低い声が聞こえた。私は驚いて上を見る。岡田先輩だった。二人で話をすることが久しぶりで、胸の鼓動が変に高鳴った。


 「少し部室に居づらくて…。ここで休んでました」


 「じゃ、俺もここで休もうかな」そういって何故か彼は私の隣に座る。「俺の絵どうだった?」


 「やっぱり凄かったです。油絵ってあんなに正確に模写できるものなのですね」素直に感想を述べた。


 「あれは佐藤の腕だな。下書きの時点でかなり立派だったんだ」


 私たちの間に沈黙が流れる。緊張はしたものの、嫌な空気は一切感じられることはなかった。


 「あのさ……、もう一方の絵はどうだった…?」


 あの顔のない女性の絵を指しているのだろう。私はなんと言ったら良いか分からず答えに困った。


 「何だか寂しそうでした。先輩の絵は私が知っているものは温かくて、優しさを感じる柔らかいものなのに。あの絵からだけは少し冷たさを感じました…」きっと誤魔化しても無駄だと思い、素直な気持ちを述べる。


 「あの絵は、母を書いたんだ……」ポツンと岡田先輩は言葉を落とした。「だが、顔をどう書けばいいか分からなかった。もう覚えていないんだ…」


 「私も母を幼い頃に亡くしているので、顔が分からなくなると言う事は理解できます」梅子はまっすぐに彼を見てそう伝える。


 「だが、キミは母に愛されていたのだろう?」


 「おそらくは…」梅子は自分の母を思い出す。細かな事はもう思い出せないのだが、確かに抱きしめられたり…、頭を撫でられたり…、愛されていたとは思う。


 「俺はどうだったのか…、今となっては分からない。数えるほどしか会っていないし…、母は俺を思い出して自殺したと聞いてるんだ…。憎まれていたのではないかと思っている……」梅子はハッと息を飲み、先輩を見つめる。





 こうして彼は、岡田進の真実を話し始めた。

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