九月の作戦 1/3
今、私は美子と美術部の隣の科学研究部の教室の前に立っている。
「作戦通りにするよ?」
二人で深呼吸をしてその部室の扉を勢いよくあけた。
「「すいません!!!」」慌てふためいた演技をしながら中にいる生徒に声をかける。そこには、美術部とあまり変わらない質素な部屋にたった5人の生徒が、一つの机を囲って何か話し合いをしている最中であった。
「どうしたの?」その中で一番身長が高く、痩せこけた男子生徒が優しく私たちに声をかける。
「その…」美子が鼻をすするふりをする。
「私たち美術部のものなんですが、先輩が…急に怒ってしまって……」美子はすすり泣く演技をする。「誰に相談すれば良いのか分からず、つい隣の部活動の皆様方に相談したく…」
美子を怪訝な顔をして科学研究部の生徒たちは見ている。
私は美子の言葉に補足をする。「以前、掃除したときに絵具を見つけたんです」誰かが息をのむ音がする。「美術部だし、その絵具を使って絵を描いてみたくなったんです……」
そこまで言うと、2人の生徒の顔がみるみる青くなっていった。恐らく三年生なのだろう。紺色のスリッパをはいている。他の3人の生徒はそれがどうしたと言わんばかりのポカンとした顔で私たちを見ている。まぁ、それが普通の反応なんだけどね、と私は冷静にそんな彼らをみていた。以前もそうだったが、なぜこんなに絵を描くのを皆拒否するのだろう。先輩の絵は市役所で展示されるほどの評価を貰っていたのに…。
「美術部が禁止されてるの知らなかったのか…?」眼鏡をかけた、いかにも頭の賢そうな先輩に聞かれる。私たちは頷いた。
「ばれたらやばいぞ…」残りの三人の生徒は訳が分からない様子で、お互いの顔を確かめ合う。
「換気はしてるのか?部室の…」私たちは打ち合わせ通りに首を横に振る。
「まだしてないです」美子は涙声で答える。私も大概であるが彼女の演技は少し臭かった。「今部室に入ってきた佐藤先輩が、『なんだこの臭いは!!!』って怒って出て行ってしまって……」
「「私たちどうすればいいですか?」」
「とりあえず、部室見に行ってもいい?」私たちは頭を縦に振った。
部室に来た科学研究部の先輩方は、教室の匂いを嗅いでほっと胸をなでおろす。
「佐藤は鼻がいいんだな、これくらいなら問題ないよ。念のため換気はしておこう」そう言って部室の部屋の窓と廊下の窓を全部開けるよう、私たちに指示をした。
「美術部はね、二年前少しゴタゴタがあって絵を描くことは禁止されているんだ。今のところはね」
「今のところですか?」
「君たちが二年生になったら解禁されると思うから、解禁されたら油絵でも水彩画でもなんでも描きな?」ずれ落ちた眼鏡を直しながらもう一人の先輩が私たちに諭す。
「でも、どうしても今描きたいんです…」
「だめだよ。三年の奴らに見つかったら、佐藤よりキレられるぞ」
美子の目が光る。「見つからなかったらいいんですか?」
そして、私がとどめを刺す。佐藤先輩に言われたように、うるうる目を潤わせて…上目遣いで…「三階の科学部の研究室を一ヶ月だけ貸してください」
先輩方二人は顔を赤らめ、頭を抱えた。