八月の花時計 4/4
それから私の日課は変わった。光一さんに連れられ昼の2時から4時までは花時計のある公園でベンチで絵を描く。毎日ではないのだが、岡田先輩とほとんど一緒に過ごしていた。飽きずに毎日のように同じ絵を描き続けられるなんて、これが恋の力か!と私は自分で自分に内心感動していた。服装も日がたつごとに少しずつお洒落になっていった。今では水筒とお絵描きセットをと、少しのお金を入れた小さな花柄の鞄も持って行っている。光一さんは私の変化に気が付いているはずなのに、何も言わないし聞かなかった。彼の無口さにこの時ばかりは感謝した。
私と先輩の関係も少しずつ変化していった。最初はただ単に絵を一緒に描くだけだったのだが、今では世間話をしたり、近くの映画館裏のコロッケを二人で買いに行き、食べ歩いたり。彼との距離は少しずつでは、確かに縮まっていった。制服を着ていない普段着の彼はよく笑うし意外と明るく、たまにふざけたりするどこにでもいる少年であった。彼の新たな一面を見る度に惹かれていっている自分は本当に重症だと思う。
そして、夏休み最終日。一日ぶりに会った彼の髪は黒色に染めあげられていた。だが、元の色が薄いからか、陽の光に当たるとそれは栗色のような暗い焦げ茶に見える。学校が始まってしまう。この楽しくて無邪気な先輩と話すのも今日までなのかと思うと少し悲しくなった。
「明日から学校ですね」私は独り言のような小さな声で言葉を発する。できることなら、このまま時を止めてずっと夏休みでいたかった。
「そうだな。ずっと夏休みがよかった」そう言って先輩も呟く。ドキリとした。同じことを先輩も考えていたということに。「二学期からは部室にまたちゃんといくようになるから」
「佐藤先輩との約束で、ですか?」
「それもあるな」苦々しく微笑む。「でも、やっぱりここで絵を一緒に描いて俺思ったんだ。やっぱり絵が好きだし、これを生業にしたい」
私は悩んだ。このまま私の疑問をぶつけていいのか。だってこんなに距離が縮んだんだもの。だけど、やっぱり問うのは躊躇われた。距離が縮んだからこそ、この今の二人の関係を壊すようなことをしたくなかった。
「私は先輩の味方です」こう伝えるのが精いっぱいだった。
先輩は優しく微笑み返してくれた。彼の暖かな大きな手が私の頭の頭を優しく撫でる。
こうして、先輩と過ごした最初で最後の夏休みが終わった。
私は光一さんの気持ちを全く分かってなかった。
なんでこの公園に毎日連れてきてくれたのか。
光一さんが私たちの様子を切ない目で見つめていたことに、私は気づいていなかった。