八月の花時計 2/4
坂も障害物も何もない平坦な道をただまっすぐに走っていた。見覚えのある景色だなーとただ眺めているだけであったのは、いくら光一さんに話しかけても一切答えてくれないから。最初の方は私の声が小さいからだ、と思い少し声をあげてみたが、彼からの返答はない。もしかしたら光一さんの声が小さいが故、自分が聞きとれていないのかとも、と思い、背中に耳をくっつけて再度声をかけてみるが、なんの応答もない。なぜ光一さんが散歩に行こうと言い出したのか、私は首を傾げた。
だんだんお尻が痛くなってきたなー、と思った時、キッと音がして自転車が止まった。私の手を取って、そっとおろしてくれる。こういうところは紳士だなあ、と陰ながらそう思。彼はそっと私の後ろを指さす。振り返ると、あの公園だった。
「ちょっと用事あるから、あそこのベンチで待ってて」
彼はそう言って颯爽と自転車で去って行ってしまった。
私は一人取り残された。お金も持ってきていなかったのでバスで帰ることもできない。大人しく光一さんに従い、石段を駆け上り、公園へと向かった。
そこには4月で見た時と変わらず、色鮮やかな花に囲われた花時計が2時15分を指していた。あたりをぐるりと見渡す。花時計の正面の大きな木の下にポツンと備え付けてあった、背もたれの無い小さなベンチに目が留まった。そこに辛うじて持っていたハンカチを敷いて私は座り、花時計を観察する。以前は夕陽に照らされて赤く色づいていたこの公園は、今は太陽の光を浴びて各々の色をふんだんに主張している。麗らかな光景であった。
お日様の元は悶々とした暑さで、油断していると大量の汗が体中からあふれ出そうであるのに対し、木の下の小さなベンチはとても涼しかった。木の葉が揺れて私に風を送り、日陰が私に冷気を感じさせた。一人でいるのは少し寂しい気もしたが、如何せん、光一さんに待ってて、と頼まれている。どのくらい待てば良いのか分からなかったが、散歩に軽く出かけるだけだと思っていたので、何も持ってきていない。目の前で鬼ごっこをして遊ぶ子供たちを眺めながら、思っていたより気持ちの良いベンチで私はいつのまにかウトウトと眠りに落ちていた。
トントンと肩を揺すられ私は目を覚ます。目の前に光一さんの顔があり、驚いて腰を引く。先ほどまで遊んでいた子供たちの声はいつの間にかなくなっていた。公園には私と光一さんの二人きり。
「待たせてごめん。帰ろう」
光一さんはそう私に言った。目の前花時計は4時を指していた。




