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八月の花時計 1/4

 私は朝早くから大量の出汁巻き卵を作っていた。すべてお店で売るものたちである。綺麗に巻かれた状態のそれらを維持するようにそっと入れ物にいれる。


 夏休みに入ると、孝子ちゃんと理恵ちゃんは彼女たちの実家へ何ヶ月ぶりかに帰省した。百合子は彼女たちにとても懐いていたから、帰省の前夜は泣いて泣いて二人を困らせていた。今生の別れやあるまいし。ようやく泣きつかれて寝た彼女に私たちは苦笑いをしたことは、今でも忘れられない。一方、光一さんは普段通り帰省することはなかった。なんと、彼はこの家に居候してから三年、未だ帰省したことがないのだ。御両親は心配しないのかしら、と私はいつも不思議に思っている。


 夏休みの間は部活動は行わない、とのことだった。といっても、私たちは活動らしいことなんてここ最近一つもしていないので、通常に戻ったといっても過言ではない。したがって、私はお店の手伝いと、学校の課題と時々遊びに来る美子とのお茶会で忙しくもなく、ただ無難に夏休みを過ごしていた。


 だが、夏も中盤になるといよいよ私はお店の手伝い以外にすることがなくなった。夏休みの課題も終わってしまったし、美子が家族一家で母の田舎に帰省したからだ。百合子は友人とそこそこ遊びに家を空けることが多いのに対し、友人の少ない私はひたすらお店の手伝いと家事とで時間をつぶしていた。




 そんなある日の頃、お盆の時期だった。百合子はいつものごとく、友人の家に遊びに行っていた。私は朝の仕込みの手伝いを終えて、洗濯などの家事を行い、夕方のお店の手伝いまで家でぼーっとラジオを聞きながら読書をし、寛いでいるところを、光一さんに声をかけられた。


 「散歩でもいかないか?」


 それは彼からの初めての誘いだった。彼は無口であるため、急に話しかけてきたことに驚きはしたが、私はそんな光一さんにも気にかけられるほど一人暇にしているように見えたのかと、少し恥ずかしくもなった。


 「散歩いいですね。是非ご一緒させてください」断る理由がなかったのでそう答えた。


 「……」


 「どちらまで行きますか?」


 「……」無口すぎる。何の返答もない。


 「とりあえず、簡単な服に着替えてきますね」


 朝方の手伝い時のゆったりとしたズボンに白い半袖という簡単な服装のままだったので、外着に着替えようとした。だが、光一さんはそう言う私を一瞥し、「いや、そのままでいい」とだけ呟いて、さっさと玄関へ向かった。


 私は彼の背中を見つめ少し苦笑いをし、やっぱり光一さんは苦手だなぁ、と思いながらも追いかける形で玄関をでた。


 「後ろ乗れる?」彼は自転車の後ろを顎で指す。


 私は頷き、自転車の荷台に跨った。「じゃ、漕ぐぞ」彼はボソッと言葉をこぼし、何処かへ走り出す。蒸し暑いこの気温に、自転車で感じる風はとても心地よい。私は少し気分が良くなった。


「どちらまでいくのですか?」が、尋ねても光一さんから返答が来ることはなかった。

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