表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/81

七月の約束 4/4

 また明日、と言って先輩方が退室したので、教室には佐藤先輩と美子と私の三人だけとなった。広い教室にたった三人。いつもなら少し心虚しさを感じるのだが今日は違った。未だに佐藤先輩から興奮の冷めない熱気のようなものが発せられているからだ。


 「あの…」私は思い切って聞いてみることにした。「岡田先輩との約束って何ですか?後…、何で先輩は絵を描いてはいけないんですか?私、分からないことが多くて…教えていただけませんか?」


 「あーね…」佐藤先輩は困ったように頭を掻きながら呟く。「話すと長くなるんだけど…、というか、俺から話してもいいのかな」彼は考え込む。

 

 確かに本人のいないところで、根掘り葉掘り聞くなんて不躾極まりない。聞かれたくないからこそ私たちには何も説明しないのだろう。そんなことは分かっていた。でも、私はほんの少しでも彼のことを理解したかったのだ。単なる私の利己主義的な思いだった。

 

 「詳しくなくてもいいんです。ただ、何があったのか、私…、先輩のこともっと知りたくて…」言葉を選びながら続ける。「佐藤先輩と岡田先輩の関係だけでも教えていただけませんか?難しいですか?」


 「私もお二人の約束について知りたいです」美子も私に便乗し、彼を見つめる。二人とも蚊帳の外にいることに耐えられなかった。下心が全くないといえば嘘になる。だが、単純に部員として、少し仲の良い後輩としてもう少し彼らに踏み込みたかった。


 佐藤先輩はしばらく悩んでいた。「きっと時期がきたら分かると思う。すごい重たい話だから、岡田君の事情は僕からはどうしても話せない」これが彼の精一杯の答えなのだろう。私たちは残念に思いつつも理解した。「だけど…、僕の事情で良ければ。僕と岡田君の約束のことは教えてあげられる」彼はそう言って近くの席に座る。


 私はそんな彼の返答に身体が強張る。美子の固唾を飲む音が遠くで聞こえた気がした。


 「2年前の市役所で僕と岡田君は初めて会ったんだ。その頃僕も色々あって、精神的にもかなり疲労していて、むしゃくしゃしてた。うまくは言えないんだけど、絶望しすぎて抜け殻状態だったんだ。だけど、そこに飾られてたのこの絵が僕を助けてくれた……」佐藤先輩は額縁を優しく触りながら話してくれた。岡田先輩との出会いと約束を。




 二年前、佐藤の両親は整備不良の車との不慮の事故によって他界した。奇しくもその日は彼の15歳の誕生日だった。


 通夜に葬式に…、佐藤がぼーっとしている間に時は残酷にも慌ただしくすぎた。彼には歳が三つ離れた兄の他に三人の妹がいたのだが、現実逃避をしている間に、妹たちは皆養護施設行きに、兄と佐藤は父の姉の叔母夫婦に引き取られることになった。叔母夫婦は子供がいなかったため、例えもう大きく成長した彼らでも喜んで引き取ってくれた、ただし、要望したのは男兄弟だけだった。本当は充分感謝しなければならなかった。だが佐藤はまだ精神的に幼かった為、兄弟全員を引き取ってくれなかった叔母夫婦を当時はとても恨んでいた。


 自分も妹と養護施設行きでいい、と突っ張る佐藤に兄は初めて手を挙げ、泣いて説得した。佐藤にとってはそれが初めて見る兄の涙だった。


 自分たちが稼げるようになり、一人前の大人になったら必ず迎えにくると妹たちに約束し、佐藤たちは後ろ髪が引かれる思いでこの土地にやってきたのだった。


 そして、養子縁組の手続きをするため市役所に訪れた日、佐藤は岡田と出逢った。それは、叔母が役所で知り合いに会い、長い井戸端会議をしている時だった。長椅子に座って叔母を待っていた兄が急に立ち上がり、まるで吸い込まれるように迷いなく一直線に進んで行った。佐藤は何事かと置いていかれないように、急ぎ足で兄の後についていく。そこには佐藤たちの故郷の思い起こさせる赤く燃え上がる金の小麦畑の絵があった。


 「浩二郎もこんな絵を昔描いてたよな」ふっと優しく兄が笑う。それは、両親が亡くなってから初めて見る彼の笑顔だった。


 佐藤は少し恥ずかしくなり、視線を下に向けようとした。そして、その時絵の左下に三人の黒い影があるのが目に入った。両親が自分と手を繋いで歩いている

…昔の記憶が切なく蘇ってきた。そして、両親に、妹たちにまた会いたい、そんな気持ちが湧き出てきた。


 「この絵、高校生が書いたのか」兄がそう呟き、見てみろ、と佐藤に一点を指差す。そこには、”黄金の国 岡田進作”と高等学校の名前が記載された小さな紙が貼ってあった。しかも高校一年生、佐藤と一学年しか変わらない。佐藤たちが驚いていると、後ろから優しい女性の声がした。


 「ほら、岡田君、見て。今月いっぱいこの絵はこちらに飾られるそうよ」そこには黒い眼鏡をかけた少し年老いた女性が、外国人と一緒にいた。その外国人の目は青い空の色をしていて、何と髪はこの小麦畑と同じ金の色で光っていた。「展示が終わったらお母様に送って差し上げて。こんな美しい絵ですもの、きっと喜ばれるわ」


 「この絵は君が描いたの?」兄がその外国人に話しかける。「僕は佐藤浩之介、こいつは俺の弟の浩二郎」軽く自己紹介をする。


 外国人はこちらを一瞥し、「岡田」とだけ静かな口調で答えた。


 「この絵は彼の初めての油絵の作品なの。素敵でしょ?あなたたちも絵を描いたりするの?」嬉しそうな笑みを浮かべて女性が佐藤たちに問う。


 「自分は全くです。ただ、弟は絵を描きます。高価だから油絵は使ったことは無いですが、家族一同、弟の絵は自慢でした」


 確かに佐藤は絵は大好きで毎日のように描いていた。そのためか、かなり上手く、故郷でも評判は高かった。ただ、両親の死後、一度も絵は描いていない。


 「ただ、もう描くことは暫くないですね」佐藤はそう呟いた。中学卒業後、働いて可能であれば夜間の高校に通おうと勝手に考えていた。夜間には部活動は基本ない。絵は大人になってから充分書く時間があるだろう、佐藤はそう思っていた。


 「そんな。諦めないで欲しいわ」

 

 「そちらの高校の学費は高いですか?」兄が突然尋ねた。「俺は今年で高校を卒業するんです。来年からは社会人として働きます。もし、高くないなら弟を通わせてやりたい」


 「なに勝手なこと言ってんだ!俺も働く。早く働いてお金貯めて、妹たちを迎えに行くんだ」


 知らない人たちの前で佐藤たちは喧嘩になった。それを破ったのが岡田だった。


 「もし絵を描くなら、一緒に描こうぜ。油絵なかなか癖があって楽しいぜ。もし高校に通えなないなら、俺ん家来いよ」岡田は怪しい笑みを浮かべて続ける。「絵が好きな野郎が周りにいないかさ、また話でもしようや」


 そう言って胸ポケットから手帳を取り出し、彼は自分の家の住所を書いて紙を破り、それを佐藤に渡す。


 「私はね、顧問の白鳥っていうの。もしどうしてもなら、うちの学校に来て私を尋ねなさい。部室で絵を描かせてあげるから」ね、と言って彼女も優しく微笑む。


 「約束だかんな、一緒に油絵の作品作ろうぜ」そういって去っていく二人の後ろ姿を佐藤はずっと見ていた。


 「高校は絶対行けよ。まだ金のことなんてそんな気にするな。俺がいるんだから」そう兄は力強く佐藤に言った。





 「その時したただの口約束だったんだ。あれは多分、岡田君が俺に絵を辞めないように釘を刺しただけだったんだと思う」佐藤は遠くを見ながら言う。「兄はあの後、絵が好きな俺のために叔母夫婦を説得して、昼夜問わず一日中働いて、俺をこの学校に通わせてくれた。感謝してもしきれない。俺の孝行は絵を描いて兄に渡す事だとあの時はずっと思ってた」息を整えて佐藤は続ける。「だけど…、俺が入学したときはもう美術部なんてなかった。いや、あったんだが、絵を描くことが禁止されていた。おかしいだろ?それはもう美術部とは言えねえ。白鳥先生を探し出しても、彼女は顧問を解任されていたし。一年ぶりに再会できた岡田君は何があったのか金色の髪を黒く染め上げていた」そして、再度私たちに視線をむける。「岡田君に何があったのか、それは本人から聞くべきだ。俺が簡単に言っていい問題じゃないから。まあ、俺たちのはただのしょうもない口約束だったんだ。でも、兄貴は自分を犠牲にしてまで俺をこの学校に通わせてくれてる。ありがとうって感謝を伝えたいんだ。俺の大好きな絵で、そして兄貴が心惹かれた絵を描いた岡田君と」


 私たちは何も言えなかった。つい興味心で尋ねたことに後悔していた。佐藤先輩も色々と抱えていた。私たちに見せないだけ。彼も苦い思いを、辛い経験を超えて、今ここにいる。


 私たちは佐藤先輩を傷つけたのではないのだろうか、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 「そんな顔しないで、俺は今最高に幸せだから」


 私たちは彼らの油絵の作品が無事に完成するように、ただそれだけを祈る事に専念する事にした。





長くなってしまいました。

すいません。

ぱっぱと書いたので、

また時間があればもっと分かりやすく編集します。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ