御守り
暫くは自分の死が受け入れられず、ぼーっと外を見ていただけだった。天国にいるとは思えない、でも天国としか思えないこの光景に言葉を失っていた。小さく見える家々も、みどり豊かな公園も、思った以上に広い運動場のある学校も目には入ってきてはいるのだが、情報処理に追いつかなかった。
「お腹減った?何か食べる?」
ご婦人が私に問う。綺麗な方だが、いつも死者の相手をし、世話をしているからこんな苦労したやつれた顔をしているのかしら、と私は少し同情する。
「簡単なものがありましたら、それを頂きたいです」
ご婦人はそのまま、「分かった」と言って何処かへ消えていく。
”死ぬ”なんて初めてだから、どのように振舞ったらいいのか良く分からなかった。もしかしたらこのまま49日ここで過ごすのかしら?それとも今は天国か地獄かの判定待ちなのかしら?疑問は次から次へと湧き出てくる。だが、何かご婦人に尋ねると彼女は少し怒るため、小心者の私は彼女に何も問うことができなかった。しょうがないので、目の前の椅子にそっと腰かけることにした。
その時、何か胸に違和感を感じた。私はそっと胸に手を添える。何かある。私は服の中へ手を伸ばし、紐を手繰り寄せてそれを出した。小さな赤い御守りだった。しかも、かなり古いようだ。ところどころ解れている。お守りには何か文字が書いてあるように見えるのだが、文字がぼやけてしまってよく分からない。中に何か硬いものが入っている感じもまたするのだが、上手く力が入らず開けることはできなかった。何の御守りだろう。私は考え込んだが、答えが出ない。死んだ時にでも誰かが首にかけてくれたのだろう、そう思うことにした。それにしても、私は何があったのだろう。何が原因で死んだのだろう。頑張って最後の記憶を思い出そうと試みる。だが頭の奥底に熱がこもる感じがして、そのままピリピリとした痛みが脳内を駆け巡る。思い出そうとするのをやめると、途端に頭が軽くなる。私はもどかしくなり、「あー」っと思わず声にならない声でつい叫んでしまった。
私の声を聞くやいなや、何処からかひょっこりと顔を出して、「どうしたの!?」と叫ぶようにご婦人が問いかけてきた。その目には焦りがみてとれた。
私は安心させるように大丈夫、何でもないわ、と伝えようとするが、彼女が左手にオタマを握っているのが見え、つい笑ってしまった。そんなに慌てることだったのかしら?心配してくれた優しさに思わず心が躍る。
- 変わってないな〜
何故かそんな気持ちが芽生えた。私はそんな自分に驚き、えっ、と思わず言葉が零れ落ちた。彼女はまだこちらを見ている。
私はまた自分自身が分からなくなったため、とりあえず苦笑いで誤魔化すことにした。彼女はそんな私に困った視線をぶつけてくるが、気付かないフリをして机の上に飾ってあった小さな紫色の花を愛でることにした。
※お守りを首にかけることは決して真似をしないでください。危ないです。