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六月の初恋 2/3

 あの時の美子の言った”噂”が何なのか、私はあれから数日の間ずっと疑問に思っていた。誰かのことをこんなにも知りたい、と思ったのは自分の中で初めてだったと思う。だが、美子に聞いても「私の口から言えない。先輩方も違うと言ってるし」と言って取り合ってはくれなかった。だからと言って他のクラスメイトに聞いてまで知りたいとは思わなかった。そのうち分かる日が来るかもしれない、私は呑気にそんな風に思っていた。だから、こんなにも強い噂が流れ、他の生徒から沢山反感をかっているなんて思いもよらなかった。




 その日は土砂降りの雨の日だった。美子は家の用事で学校を早退したため、一人で部室に向かう。この暗いジメジメした旧校舎は美子と一緒に歩くとあまり何も感じないのに、一人だと部室に向かうまで道のりがとても長く、少しの怖ささえ感じた。美術部の部室は2階の一番奥。階段は手前と奥側と二ヶ所あるのだが、なぜか今日に限って奥側を使おうと思ってしまった。というのも、大雨の影響で体育部の部室は使用されていないのか静まり返っており、誰の気配も感じなかったのでこちらの廊下を使ってみたいな、という単なる好奇心からだった。一階の最後の教室の前を通り過ぎるとき、ドンっと何かを叩く音がして中から男性の怒声が外まで聞こえてきた。


 「あの混血野郎、白鳥とも関係があったらしい」


 混血野郎って、もしかして岡田先輩のことかしら?私はだめだと思いながらも教室の前から動けないでいた。足が動かなかった。


 「淫乱の母親を持つだけあるな、あいつ捨てられたんだろ?」


 「母親からも父親からも見捨てられたからって、教師に媚びをうるとは」


 「やはり淫乱な奴だ。見た目の良さだけで教師から高評価をもらってるぞ」


 「岡田は我ら日本国民とは違うからな。米国アメリカに媚びを売りたい教師の絶好のカモだぜ」


 「従わない教師は威圧してるって噂もあるしな」


 「じゃあ、牧の野郎が学校追い出されたのもあいつのせいかよ」


 「汚ねぇ野郎だ。この学校までめちゃくちゃにする気か」


 「そういえば、俺は一年の連中から、ほとんどの女子と関係を持ってるって聞いたぜ。あいつらはもう岡田の言いなりだ」


 「親子そろって淫乱だな」


 岡田先輩の名前が出たため、彼のことを話しているとは何となく分かったのだが、彼らの陰口と先輩とが全く結びつかなかった。確かに彼の低い声は少し威圧感を与えるが、実際は丁寧に教えてくれる優しい一面もあるし、彼が誰かに媚びを売るようなところを見たことがない。それにほとんどの女子生徒は彼を甘い眼差しで見つめることはあっても、話をするなんてほとんどない。自負ではないが、私と美子以外の女子生徒と話をしているところを見たことがないのだ。まあ、自分たちが知らないだけなのかもしれないが…。だが、不確かな噂と彼らの陰口が急に怖くなり、私は急いでその場から離れることにした。


 パタパタと自分の足音がやけに鈍く響き渡る。奥の階段にたどり着き、二階へ上がっても彼らの声がまだ廊下に響く。なんでこんなに大声で話すんだ。私は泣きそうになりながら部室の扉を勢いよく開ける。そこには岡田先輩一人だけがいて、ただぼんやりと外の大雨を眺めていた。そして、私のドアを開ける音にゆっくりと振り返る。私はドキリ、として後ずさりするが、岡田先輩と目が合ってしまった。その先輩の顔はいかにも泣き出しそうな少年の顔をしていたため、私まで悲しくなってしまう。そして、私によって開かれた扉からは、未だ先輩の陰口が微かに聞こえていた。

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